自分だけは死なない災害

2021年8月14日の高津川の増水。このときも川に作業に出かけ、流されて亡くなった人が出た。

 災害が起きると、不幸にして亡くなる方が出る場合があります。
 亡くなった方も、死のうと思って亡くなったわけではなく、何らかの事情で災害に巻き込まれて亡くなっていることが殆どです。
 例えば、大雨の時に田の水を見に行ったり、川に様子を見に行ったり。出かける途中や出かけた先で溝や川にはまってしまっています。
 災害で人が死ぬかもしれないという認識は殆どの人が持っていると思うのですが、不思議なことに、自分が死ぬかもと思っている人はまずいません。
 自分が死ぬかもしれないという意識が持てないのです。
 死ぬとは思っていないから、無意識に危険な行動を取ってしまい、そして亡くなってしまうことが起こるのです。
 もしかしたら、非常時に平時の感覚で行動してしまうせいなのかもしれませんが、災害は誰にも程度の差はあれ危険をもたらします。
 災害から身を守るには、「行政が言うから行動」ではなく、「自分の身を守るためにはどういう行動が必要か」をふまえた上での自分の判断で行動をしないと、手遅れになったり避難途中で遭難することになったりします。
 「自分だけは死なない」のは、今までがたまたま運が良かったからで、単なる偶然でしかありません。
 災害時の考え方は「自分が助かるにはどうすればいいのか」です。
 考え方を間違えないようにしたいですね。

「助けて」って言えますか

 日本人はできるだけ自分で全てのことをやることが美徳とされていて、「他人に頼ること=迷惑をかけること」と考えている人が多いです。
 なんでもかんでも周囲に頼り倒すのはまた別の問題を引き起こすことになると思いますが、それでも普段からある程度他人に助けてもらう練習をしておくことは、災害時に役に立ちます。
 というのも、普段なら全部自分でできることでも、大災害で被災者になると自分だけではできないことがたくさん発生するからです。
 特に、自宅が被災したとき、その復旧を一人でやろうとするとかなり無理があります。恐らく、やっている最中に心が折れてしまうのではないでしょうか。
 災害時に発生するさまざまな問題は、自分一人で解決できないものがとても多いですが、困っている自分が「助けて」と言わない限り、救いの手は届きません。
 他人に頼ることは、他人に迷惑をかけることではありません。自分ができないことや時間がかかることをできる人や作業の早い人にお願いするのは、その後のあなたの生活に影響が出てくる災害復旧では生活再建のために行うべきことなのです。
 災害ボランティアは「助けたい」と思って被災地へ乗り込んできます。彼らの善意に頼って、しっかり助けてもらえばいいのです。
 ポイントは助けて欲しいことを明確に伝えること。
 特にボランティアセンターへ派遣を依頼する際には、どんな作業をどれくらいする必要があるのかをはっきり伝えないと、なかなか人が来てくれません。
 どんな作業があるのか、どれくらい人や時間を投入しないといけないのか、もし自分で分からなければ、わかる人に頼んで確認してもらえばいい話です。
 普段から「助けて」を言いやすい状況を作っておくことで、助けてもらえる確率はかなり高くなります。
 あなたが被災したとき、他人の力が必要なときに「助けて」が言えるようになっておきましょう。

普段と非常時の切り替えスイッチを持とう

 いきなりやってくる地震はともかくとして、多くの災害ではその前兆があります。
 例えば水害であれば河川の増水や水路が溢れたり、大雨が降ってみたりしますし、台風であればその進路からやってくる時期がある程度は予測できます。
 でも、予測できているはずの災害で逃げ遅れたり亡くなってしまう方がいることも事実です。逃げる必要があるのかどうかさえ判断できないままに巻き込まれたとか、逃げる必要があるとは思わなかったといった被災者の意見を聞くと、問題になるのは、いつ「いつもの毎日」から「非常事態」に認識を切り替えるのかということなのではないかと思います。
 大災害が起きるときにも普段と同じ行動をしていては、状況によりますが大けがや死んでしまうことも起こりえますから、どこかの段階で頭の中を非常事態に切り替えないといけません。
 この切り替えスイッチ、実は人によって異なるので気をつけてください。
 例えば、浸水するような場所に住んでいる身体が不自由な人であれば、他の人が避難を始める前に避難を開始しないと、巻き込まれると動きが取れなくなります。
 また、氾濫の影響がない、風害にも土砂災害にも影響のないような場所に住んでいる元気な人であれば、ほとんど普段どおりの生活を送ることができるでしょう。
 住んでいる環境やそのときのあなたの状況により、切り替えスイッチをどこに置くかが変わってくるということなのです。
 普段と非常時の切り替えスイッチは、恐らくほとんどの人に必要なものです。
 このスイッチがきちんと作動できるように、スイッチを切り替えるタイミングと、切り替えたら何を止めて何をするのかを、普段のうちに決めておいてくださいね。

「お・は・し・も」を考える

 避難訓練のときに良く言われているのが「お・は・し・も」というキーワードです。
 「おさない」「はしらない」「しゃべらない」「もどらない」の頭文字で、避難のときに気をつけるべき行動を並べているのですが、これは屋内避難の時に気をつけることだということがあまり理解されていないのかなという気がします。
 「押さない」は屋内でも屋外でも押されれば危ないですから危険なことはわかると思います。「戻らない」も、安全確保できたらわざわざ危険な場所に出向くことはないわけで、危険な場所にわざわざ戻る必要はないということはご理解いただけると思います。
 問題になるのは、「走らない」と「しゃべらない」。
 屋内では階段や出入口などで人が滞留しますが、その時に走ってくる人がたくさんいるとぶつかったり押したりすることになって将棋倒しになる危険性があります。
 また、屋内で火事から逃げる場合には、一酸化炭素を始めとする有毒なガスを体内になるべく取り込まないように、呼吸は浅く、行動は急いでとなります。ここで走ると息を大きく吸い込むことになるので危険です。
 次に「しゃべらない」。これも火災や屋内の場合には有毒ガスの吸い込みを防いだり、避難指示をきちんと聞き取るためにもできるだけ静かに移動した方が安全を確保できます。
 ですが、津波からの避難となると、なるべく大声で津波が来ることと避難を呼びかける行動をしたほうが多くの人を助ける行動に繋がります。
 「お・は・し・も」に限りませんが、状況に応じて正解は変わりますし、場合によっては正解がない状況も起こりえますので、言葉にとらわれず、その場その場でできる限り自分の命を守るための行動が取れるような判断力をつけるようにしたいですね。

避難訓練は観察者を置いてみよう

 避難訓練では、その施設の人が全員参加して行動することが大切だと思われていますが、実はそうではありません。
 全員が参加してしまうと、その避難訓練を客観的に評価できる人がいなくなり、その避難訓練のよかったところや悪かったところが客観的に判断できず、結局「無事に終わりました」という月並みな結果になってしまいます。
 避難訓練に直接参加せず、側から訓練の様子を見て評価する人がいると、避難訓練のいいところ悪いところが冷静に見えて次の訓練に反映することができます。
 当研究所でもそういった支援はしていますし結果報告書も作成していますが、無理に外部から観察者を入れなくても自分のところで誰かにその役をしてもらうことで、充分に役に立ちます。
 その時の視点は「本当にそれでいいのか?」「なぜそうなったのか?」「自分だったらどう動くだろうか?」というもの。
 例えば、避難訓練中に本当にけが人が出たとします。全員が訓練参加者になってしまうと、その記録は「怪我に対応した」で終わってしまいますが、観察者はそれだけではなく、「その怪我が起きた原因はなにか?」「本番でも発生する可能性はあるか?」「本番で起きたらどうすればその人の命が守れるか」といった視点で報告をしてもらうのです。
 それから、観察者がいると参加者は手が抜けません。特に管理職が観察者になっている場合、参加者は非常に真面目に取り組むことが多いですから、管理職の方には「自分がおらず、連絡もつかない」という想定にしてぜひ観察者になってほしいと思います。
 かつて、とある学校でその学校の避難訓練の見物をする機会がありました。その訓練では、学校から屋外の安全な場所へ避難するという訓練内容だったのですが、屋外への避難中、生徒の一人が溝に落ちて怪我をする事故を目撃してしまいました。
 どういう立場なのかはわかりませんが、近くで世間話をしながらそれを見ていた数名の教員は生徒に「保健室に行きなさい」の一言で特に何をするでもなし。
 見ていたこちらは「団子になって駆け足で避難行動していたため足下が見えなかった」ことや「溝蓋に隙間があって、そこに足が落ちてしまった」こと、「本番時に保健室が機能しているのか?」などさまざまな問題点や疑問点が出てきたのですが、それを指摘したところ、「溝蓋の管理はうちじゃない」や「怪我した人が悪い」「あんたに言われる筋合いはない」といった回答をいただきました。
 もしこれを見ていたのが筆者では無く、その学校の校長や教頭、もしくは教育委員会や保護者などであればこの教員達の反応は確実に変わったと思います。
 学校に限らず、組織として避難訓練するのであれば管理職が自分の目で見て何が問題なのかを洗い出したほうが効率がいいですから、訓練をする際には担当者に丸投げせず、ぜひ管理職の方が率先して観察者になっていただきたいと思います。
 客観的に見る目ができ、その意見が反映できるようになると、訓練の効率や効果は非常に高くなりますので、有意義な避難訓練がしっかりとできると思います。
 なぜか今の時期はさまざまな場所で避難訓練を行っています。余談になりますが、そういった過去の経緯から、当研究所では訓練計画の立案や実行だけでなく訓練観察の視点や訓練の改善点を考えるといった支援も行っていますので、興味のある方は一度ご相談いただければと思います。

避難訓練の意味

 一口に避難訓練と言ってもピンからキリまであります。
 日程と訓練の流れを作ってやったことにするところも居れば、避難訓練をやる週くらいは教えても、あとは全て抜き打ちで対応させるところまで千差万別。
 毎回同じ状況設定のところもあれば、毎回異なる状況設定でやるところもあります。
 これは訓練計画者の問題と言うよりも、その訓練を行うところの問題だと考えてください。
 よくある話ですが、何らかの施設で避難訓練をしたときにトラブルが起きると「なぜトラブルが出るような訓練をさせるのか」と騒ぎ出す人が必ずいます。
 本来避難訓練というのはトラブルが出て当たり前。出ない訓練はやる意味が無いくらいのものなのですが、そういう人は計画に従って完璧にこなすのがよい訓練だと考えていますので、ものすごい勢いで文句を言われます。
 本番環境では、どんなトラブルが起きるかわかりません。どんなトラブルが起きてもいいように、訓練では起こりうるであろうさまざまな想定を組み込んで実施した方がよいのですが、時間や手間、反対者との調整などでなかなかうまくいかないというのが実情でしょう。
 結局のところ、避難訓練がなぜ必要なのかが理解されないと、避難訓練の意味はあまりないなと感じています。もちろんやらないよりはやったほうが絶対にいいですから、どんな状態であれ避難訓練はきちんと行うべきなのですが、せっかくやるのであれば、予定調和では無く、いくつかのトラブルも組み込んでおくと、より実践的な訓練になるのではないかと思っています。
 最初は参加してもらう、それだけでも大切なことです。
 最終的には、参加者が自分の判断でより安全確実に自分の命を守れるようになることが目的ですから、もしあなたが避難計画者になったら、ちょっとだけ何かを仕込んでみると面白いのではないかなと思います。

防災工事の勘違い

 公共工事で行われる、例えば急傾斜対策工事や地すべり対策工事、砂防工事や防波堤、堰堤などを作る防災工事は、その工事を行うことにより周囲の被害を防ぐことができるようなイメージがあります。
 このイメージは完全な間違いというわけではないのですが、これらの工事も想定される雨量や水量といったものを前提に設計・施行されているため、その想定を超える雨や水量が出れば当然被害が発生します。
 「工事の施工完了=100%災害が起きない」というわけではないのです。
 もちろん工事をしていないよりはしてある方が災害が発生する確率は格段に下がりますから、やれればやったほうがいいのですが、やってあるから絶対に大丈夫とは考えないでください。
 どちらかというと、これらの施設はあなたが逃げる時間を作り出していると考えた方が正解です。
 土砂災害が起きる予兆を感じたら、まずはそこから逃げること。
 仮に施設が破損したとしても、あなたが逃げて命が守れたのであればその施設はきちんと目的を果たしていることになるのです。
 防災工事をしたから災害が起きないという勘違いはしないでください。
 あくまでも逃げる時間を稼ぐための施設と考えて、しっかりと情報を集め、早めに避難するようにしてくださいね。

災害対応は長期戦です

 災害が起きると、できる限り短時間で復旧・復興をしてそれまでの日常生活を取り戻そうと関わっている全ての人が昼夜を問わず限界まで頑張ってしまうものです。
 特に被災した自治体や避難所運営担当者、自治会長さんなどは本当に大変な思いをされることになると思います。
 ただ、災害復旧は長期戦だと腹をくくってかかった方がいいと思います。
 数日、数週間程度ならともかく、ちょっと大きな災害になると、対応は年単位になることもざらになってきています。
 そんな中で、最初から担当者が限界以上の仕事をしていては、そのうちに関係者全員が枕を並べて討ち死にということになりかねません。
 しっかりとした対応をしなければならないときこそ、しっかりとした休養と栄養補給が大事になるということを知っておいてください。
 とはいえ、そんな話を発災中や発災後すぐにしたところで、現実の対応に追われてとても考えられるものではありません。
 あらかじめ、しっかりとした計画を作って、その中で休養と栄養補給が取れるように手を打っておく必要があるのです。
 災害対応は長期戦です。短期決戦と長期戦では、おのずから戦い方が異なりますし、長期戦で戦っても担当者の士気が下がらないような仕掛けは、平時から作っておかないと絶対にうまく行きません。
 被災した自治体でなぜかよく管理職の方が言われる「気合いと根性」では災害対応は乗り切れません。特に災害対応を指揮すべき人はそのことを念頭に常に置いたうえで準備をしておいて欲しいと思います。

行動を口に出して確認してみる

慌てているときや焦っているとき、どうかすると普段必ずしているはずの点検を怠ってしまうことがあります。
そして、そんなときに限って怠った点検から大問題が発生してしまいます。
普段の行動、分かっている行動でも、記憶や行動に頼っているだけでは問題が起きるということですね。
少しでも問題発生を抑えるためには、行動リストを作ったり、もう一人とコンビになって、お互いに手落ちがないか点検しあうといったことが大切になってきます。
ただ、災害時に常に手元に行動リストがあったり、自分以外の誰かと一緒に行動できるわけではありませんから、緊急時に一人でも身の安全を確保するための方法を知っておくことが重要です。
それは、「行動を声に出して確認する」という非常に単純なことです。移動や点検などをするのであれば、指さし確認をすると、声だけよりもミスが格段に減ります。
鉄道などに乗ると、運転手さんがよく声を出して指出しして次の行動の確認をしている光景を見ることがありますが、声を出し、指さし確認することで起こりうるミスを減らす行動をしているのです。
自分の行動を確認するために、声を出して行動を宣言すると身体が動かしやすくなります。できれば、自分の出した声が自分の耳で聞き取れるくらいの大きさ以上で出すことが重要です。
試しに、慌てているときに大きな声で「落ち着け!」と大声を出すことを試して見て下さい。周囲だけで無く、不思議なことにあなた自身も落ち着いているはずです。
また、その声を聞くことであなたの周りで被災し、思考停止した人が金縛りが溶けたように身を守る行動を起こすようになります。
災害に限らず、慌てているときや心配なときにはやるべき行動を声に出し、確認して行動を起こすようにすれば、あなたに発生するかもしれない二次災害を防ぐことができるようになると思います。

社会福祉施設と福祉避難所

 保育園や介護施設などの社会福祉施設では、非常事態に備えた事業継続化計画、いわゆるBCPを持っていると思いますが、そのBCPでは多くの場合、災害発生時の利用者や職員の安全確保については考えられていても、施設の復旧や早期利用開始についてまでは定義されていないことも多いのではないでしょうか。
 令和3年5月に災害対策基本法が改正され、社会福祉施設をあらかじめ福祉避難所として指定し、事前に指定している被災した要配慮者及びその家族を最初から避難者として受け入れられるようにすることができるようになりました。

 これにより、普段利用している要配慮者の心身両面の安全安心が確保でき、安心して早めの避難をしてもらえるようになります。
 ただ、現時点ではなかなか及び腰になってしまっているのが実際のところではないでしょうか。
 今までは営業中の被災について考えておけばよかったのに、福祉避難所としての機能を持たせることになるとより細かな規定を作る必要があるからです。
 例えば、その社会福祉施設がどのような災害に弱いのかやどうなったら福祉避難所の設営を行うのか、職員の確保はどうするのか、施設の復旧と要配慮者の避難受け入れの両立ができるのかなど、さまざまな問題が発生します。
 また、今まで以上に職員やその家族のBCPまで考えてもらわないといけませんから、手間と時間を考えるとどうしても二の次になってしまいます。
 BCPの修正期限まで3年間の猶予はありますが、その間に個別避難計画を策定し、避難所運営計画を作り、事業の復旧や支援受け入れ体制、他の社会福祉施設との応援協定や定期的な訓練など、やらないといけないことはてんこ盛りです。
 元々現在の社会情勢から考えて、社会福祉施設が機能を再開しないと社会全体の復旧が進まないという現実がありますから、営業を止めないことや要配慮者を受け入れることのできる環境を作っておくことは必然です。
 厚生労働省や内閣府防災担当が社会福祉施設に関するガイドラインを作っていますので、とりあえずはそれに当てはめてBCPを作成し、その上で問題点を見つけていくことになると思います。
 全ての社会福祉施設が服し避難所になれる要件を満たしているわけではないと思いますが、あなたの社会福祉施設はどのような条件なら福祉避難所になれるのか、そして福祉避難所をどうやったら運営できるのかについて、市町村などの行政機関から相談がある前に、準備を始めておいた方がよさそうです。

福祉避難所の確保・運営ガイドライン(令和3年5月改定)(内閣府防災担当のサイトへ移動します)