【活動報告】「やってみよう防災キャンプ・春の巻」を開催しました

 2023年3月25日から26日にかけて、益田市の北仙道公民館で「やってみよう防災キャンプ・春の巻」を開催しました。
 当日は15名の子にご参加いただき、段ボールシェルターづくりや心肺蘇生法、ポリ袋炊飯、暗闇体験などを体験してもらいました。

搬送法の一コマ。担架で安全な場所まで搬送する練習をする。

 今後の予定は未定ですが、次回もしやるとしたら、もっと内容を練り込んで、、リピーターも初めての人も楽しみながら防災を学んでもらえるような企画をしていきたいと思っています。
 今回参加してくれた皆様、参加を許可してくださった保護者の方、会場を快くお貸しいただきました北仙道公民館の皆様、そしてさまざまな形でこのイベントを支えてくださった皆様に心から感謝します。
 ありがとうございました。

考え方の違いを理解する

 多くの人が当たり前だと思っていることでも、100%の人がそう思っているとは限りません。
 特に災害後で情報が錯綜しているときには、自分を守るためにどうしても周囲が困ってしまうような行動をとってしまうことがあります。難しく考えなくても、例えばコロナ禍で使い捨てマスクがどういう状況になっていたのかを考えれば理解できるのではないでしょうか。マスクの供給が止まってしまうような報道が出たとたん、店頭でマスクを買い占める人が続出して店では売り切れていた状態。状況がわからずに不安になったので、目につくものをすべて手に入れようとしてしまうことは、迷惑な話ではありますが、感覚としては理解ができませんか。
 さまざまな感覚を持つ人がその所属するコミュニティーに関係なく避難所に避難してくるのが災害です。「そんなことは常識」と考えるのは簡単ですが、思ってもみないところでお互いの悪気のないトラブルが起きるのを回避するためには、ルールをきちんとわかるようにしておくことです。
 全ての手順を誰にでもわかる表示で見えるところに張り出しておくことで、考え方の違う人でもどのような行動をするべきなのかがわかります。
 考え方が異なる人たちが同じ空間で生活するためにはルールを決めることとそのルールをわかるようにしておくこと、なによりも、全ての人がわかる手順を踏んでルールを決めることが大切です。
 緊急時にはそんなことをしている余裕はないと思いますので、できるだけ事前に避難所運営委員会などを設置して、避難所におけるルールを決め、すぐにわかるところに貼りだせるように、場所やポスターなどを準備しておくようにしてください。
 非常時には、ちょっとしたトラブルが大きなトラブルに発展しやすいです。
 できるだけトラブルが起きないような準備をしておきたいですね。

やさしい日本語

 阪神淡路大震災から、大災害が起きるたびに注目されているのが「やさしい日本語」というものです。
 日本にはさまざまな国のさまざまな言語を使う人たちが来ているため、必ずしも英語が通じるというわけではありません。
 地域によっては、同じ国同士の人でさえ言葉が通じないことがあるので、伝える外国語はいくつあっても完ぺきにはならないのです。
 ただ、彼らに共通しているのが、コミュニティーの中には「日本語がなんとか理解できる人がいる」ということです。
 つまり、伝える言語を多国籍化するよりも、わかりやすい日本語を使うことで全ての人に情報を伝えられないかというのが、このやさしい日本語ができた経緯なのです。
 このやさしい日本語、実際に普段使っている日本語をより簡単な日本語に置き換え、状況や内容を理解してもらうことが目的で、やってみるとかなり難しいものです。
 特に災害時や災害後に出される行政からの文章は、より正確性を求められるためにかなり難しい言い回しをしています。
 そこから必要な情報を取り出し、言い換えを行って相手に伝わるようにしなければなりません。
 また、一つの用紙には一つの情報を書くようにした方がわかりやすいのですが、往々にして複数の情報が一文の中に収められたりしているので、これを分ける作業が大変だったりします。
 さらにややこしいことに、それにプラスして日本の習慣も伝えておかないとトラブルのもとになりますから、100%の正確な遅い情報よりも60%の正確性でいいので早く表示できるようにしておかないとまずいことが起こります。
 情報は生き物ですので、可能な限り短時間でタイムラグなく状況を伝えることが重要です。
 できれば情報の発信時にそれが作れることが理想ですが、現時点ではそこまで考えている行政はないと思いますので、なるべく被災者の近くでやさしい日本語に翻訳できるようにできることが求められると思います。そのためには、より多くの人がやさしい日本語に言葉を変えられるように語彙を増やすことと、言い換え言葉を普段から意識することが大切になります。
 また、やさしい日本語は伝えなければならない必要最低限の情報をできるだけシンプルにして作られるため、長文や小さな文字を読むのが難しい高齢者や小さな子供でも内容がわかりやすいというメリットもあります。
 普段から言い換えの訓練をしておくことで、いざというときにすぐ作業ができると思いますので、興味のある方は時間を作って、例えば新聞記事や行政の広報誌などをやさしい日本語に組み替える練習をしてみると面白いと思います。

まずは命を守ること

 日本は災害大国だということは、大きな災害が起きるたびに言われていることですが、災害が起きるたびに犠牲者が出るのはどうしてなのでしょう。
 災害大国というからには、日本のどこに住んでいても災害が起こる可能性はあるわけで、そうするとそれに対する備えをきちんとしておくことは常識なのではないかと思うのですが、実際のところはそうでもないようです。
 災害が起きないようにさまざまな物理的対策をとるのは行政が頑張っていますが、だからといってそれで100%の安全が確保されるわけではありません。
 物理的な対策は、あくまでも安全な場所へ避難するための時間を稼ぐために行われているものだと考えると、自分自身は何もしなくてもいいということにはならないということがわかると思います。
 では、自分自身は何をしたらいいのかというと、まずは自分の命を守るためにどのような行動をとったらいいのかをしっかり考えて備えておくことです。
 災害時に生き残るのは自分自身の判断がかなりのウエイトを占めることになります。災害が起きそうなときには早めに安全なところへ移動したり、災害が起きたら速やかに自分の安全を確保するための行動は、普段から意識していないと本番でも当然できません。
 そのために必要なのが訓練であり、備蓄であり、マイタイムラインと呼ばれる災害時行動計画なのです。
 「起きたらその時」とか「やる意味がない」といったことを考えている人は多いのですが、そういう人に限って、実際に災害が起きると「こんなはずではなかった」というセリフを言います。「こんなはずではなかった」と言えるならまだマシで、災害で命を落とすのは圧倒的にこういった人が多いのです。
 災害発生時に自分の命を守るのは、自分自身しかできません。警察も消防も自衛隊も行政も、災害が発生するその時にあなたを助けてくれるわけではないのです。
 自分の命を守るのは自分自身。そのことを忘れずにしっかりとした準備をしておきたいですね。

備蓄の種類

 災害時に備えるべきアイテム類は3日から1週間程度準備して備蓄しておくように国からは情報発信がされています。人によってはひと月程度準備しろと言っている方もいるようですが、都会地や消費地で生活している人の場合には、支援物資がどれくらいで届くのかまったく予測ができないので、国が言っているよりは長めに準備しておいた方がいいのかなとも考えます。
 ただ、どんなに少ない量でも1週間分のアイテムをリュックサックに詰めるのはかなり至難の業で、非常用持ち出し袋が嫌がられるのには物理的に無理だという誤解や錯覚があるのかもしれないと思うこともよくあります。
 もともと、備蓄には三種類あると筆者は考えています。
 一つ目は普段から持ち歩く防災ポーチ。本当の緊急時に自分の命をつなぐために必要な最低限のものが入っています。
 二つ目は、大雨や台風時などに1泊から2泊程度の生活必需品を詰めて避難に使う非常用持ち出し袋。
 最後は文字通りの備蓄で、5日から1週間程度家や倉庫などに保存してある状態の生活必需品となります。
 家に備えておく備蓄については、普段生活に使っているさまざまなアイテム類を少し多めに準備しておけば大丈夫です。特に食事と水に関しては普段使いである程度保存がきくようなものを重視して買い物をするようにしておけば、そんなに難しい話ではないと思います。
 住んでいる環境によって備えるべきものがかなり異なるので、家に置く備蓄品については各個人や家庭でそれぞれ備えるべきものを準備しておくようにしてください。
 避難に使う非常用持ち出し袋については、車などをお持ちの場合には、家と車の中の両方に準備しておけばかなり安心です。
 その際、車の中はかなり温度差が激しい空間ですので、クーラーボックスなど温度変化を緩やかにしてくれるような容器にいれておくといいと思います。
 そして、普段使いのカバンなどには、防災ポーチを入れておいてください。
 防災ポーチと飲料水が確保されていれば、一日程度は生命の維持が可能になります。
 一口に備蓄しろと言ってもさまざまな形がありますので、それぞれの目的に応じた準備をしておくことをお勧めします。

災害用トイレは使えますか

自治会や自主防災組織の研修会では、仮設トイレの組み立てを実際にやってみてもらうことも多い。

 災害が起きると、断水や停電、浄化槽や下水道管の破損などでトイレが使えなくなるケースが結構多いです。
 トイレが使えない状態なのに無理やり使うと、トイレの中は大惨事になってしまいますので、できるならトイレがちゃんと使えることが確認できるまでは使用を禁止するようにしてください。
 そうなると必要になってくるのが仮設トイレや携帯トイレ。
 ただ、個人や自治会、自主防災組織などで準備はしていても、これを組み立てたり使ったりすることはほとんどないのではないでしょうか。
 普段使っていないものは、いざというときにも使えませんので、防災訓練のときには実際に使ってみてください。
 また、避難所で設営が必要な仮設トイレは、訓練のたびに出して組み立て、使いかたをしっかりと確認しておくことはとても大切です。
 トイレは我慢ができません。そのあたりに穴を掘ってすることにしてしまうと、周囲の衛生状態に深刻な問題が発生します。
 災害時のトイレ設営は最優先されることの一つなのです。
 いざというときに慌てなくて済むように、携帯トイレの準備、そして実際に使ってみること。
 仮設トイレは実際に組み立てて、これも使ってみること。
 この部分の訓練は手を抜かないようにしたいですね。

いかに自己完結できるか

 大規模災害時における被災地支援では、支援者がどれだけ自己完結できる装備を持っているのかがカギとなります。
 衣食住については、被災地では当然不足している状態ですので、被災地に負荷をかけないようにすべて持ち込むことが推奨されます。
 水害のように地域がある程度限定されている状態であれば、被災地域外から通えばすむのでそこまでの負担にはなりませんが、大きな地震だと被災地のエリアが非常に大きくなるため、被災地外から通うというのはかなり難しくなります。また、宿泊用のテントや車を持参していても、それらを展開する場所が確保できない場合も想定されます。
 大規模災害で被災地支援に入る組織は全て似たような悩みを抱えていて、例えば消防や警察はそれぞれの敷地内に輸送用バスや支援車両を置き、そこで寝泊まりしていますし、自衛隊は事前に行政側が幕営地を確保したうえで派遣を受けています。
 一般の被災地支援者は行政側に頼るわけにはいきませんので、早い段階で被災地支援に入るのならば、それなりの覚悟をしていかなければなりません。
 保温、食事、給水、排せつ、睡眠。
 自前でこれを確保できない場合には、被災地がある程度落ち着くまでは立ち入ってはいけません。
 被災地支援するための前提は、どこまで自己完結できているかです。
 被災地や周囲の状況を確認しながら、被災地支援に入るようにしてください。

地震に備える

 日本ではさまざまな災害が起きますが、その中でも地震は起きた時には勝負がついているためにどれくらい事前にしっかりと準備をしておくのかが大切になります。
 地震への備えとして、一番大切なのは何かの下敷きにならないことです。
 地震の揺れでも、揺れだけで死んでしまう人はほとんどいないと思いますが、揺れによって生じる建物の倒壊や家具などの転倒では、怪我をする人がでてきます。
 つまり、何かの下敷きにならないように対処しておけば、とりあえず命を守ることはできるはずです。
 例えば住んでいたり出かけていく先がきちんと耐震化されていることで、建物の下敷きになる可能性を下げることができます。
 また、家具や電化製品の配置を考えたり、寝室から撤去することで、それらの下敷きになることを防ぐことができます。
 机などの遮蔽物の下に身を隠すのもいいとは思いますが、まずは落下物になりそうなものを撤去することでより安全が確保できます。
 いつどんなときに起きるのかがわからない以上、どこにいても下敷きにならないように気を付けておくことが大切だと思います。

目的と手段

 どんなことであれ、「目的」を達成する、そのための方法として「手段」が存在しています。
 ただ、どうしたものか、よくこの目的と手段がひっくり返ってしまうことがあるので注意が必要です。
 防災関係でいえば、最終的な目的は「自分の命が安全に確保できること」で、そのために自主防災組織やその他のさまざまな支援の形が存在しています。
 ところが、例えば自主防災組織を作ることが「目的」になってしまって、組織を作るための手段が模索されているという不思議な事態が日本のあちこちで起きています。
 自分の命が安全に確保されるのであれば、自主防災組織がなくても問題はないはずなのですが、なぜか「自主防災組織がなければ自分の命が守れない」として、無理やりに組織化しようとしているケースをあちこちで見ることができます。
 こうなってしまうと、組織化が目的なので、組織ができると目的達成となり、その後放置になってしまっているのものも、筆者の知る範囲では非常に多くみられます。
 防災に関して言えば、「自分の命を安全に確保すること」が目的で、その手段として、例えば自主防災組織があったり、地区防災計画があったり、マイタイムラインを作ったりするのです。
 そこをしっかりと理解したうえで、目的と手段を間違えないように対策を考えていきたいものです。

安心の心理

 2023年3月13日をもって、新型コロナウイルス感染症対策としてのマスク着用は個人の考え方に委ねられることになりました
 一応、これで国を挙げての新型コロナウイルス感染症対策は終了に向かうと考えていいのでしょうが、それにしてもさまざまな情報や流通の混乱に振り回された方も多かったと思います。
 今回は使い捨てマスクや消毒用アルコールが店頭から無くなって、売っているのは馬鹿高い出所の怪しい商品だけという状態が続いたわけですが、供給がされてもマスクが足りなくなることを恐れて買い占めに走った方も多かったようで、生産はしているのにマスクやアルコールが店頭にないという不思議な状態が結構長く続きました。
 買い占めする必要はないと政府や行政が言ったところで、買い占めの心理は手に入らないかもしれない不安から発生しているのですから理屈ではありません。
 不安が解消されない限りは買い占めは続いてしまうのです。
 今回はコロナ禍でしたが、これに限らず大きな災害が起きると被災地ではさまざまな商品が欠乏します。
 不思議なもので、そのうちに手に入ることは頭では理解できているのですが、それでもあるものを買い占めてしまうという心理が起こります。
 それは「いつ」「どれくらい」という情報が欠けているために起こることなのですが、海外で生産しているのでいつどれくらい入荷できるのかがまったくわからない状況が続いてしまいました。国内生産ならある程度の予測ができたのでしょうが、安さを求めて海外に進出してしまった結果、作ってもいつ届くのかが予測できなくなって今回のような騒動が起こってしまいました。
 いつ、どれくらい、どのように入手できるのかがわかれば、予測ができます。予測ができれば、善かれ悪しかれ心理的には安心するのです。
 安全は物理的にわかる世界ですが、安心は心の中の問題なのでそう思えるかどうかは個々人の考え方でしかありません。安心を担保したいなら、状況や解決する時期をしっかりとわかるように被災地の人に知らせること。
 それが大切なのではないかと思っています。
 ちなみに、マスク着用が個人の考え方に委ねられるといっても、無制限にマスクをつけなくていいという話ではありません。少なくとも、咳が出るようなときには、マナーとしてマスクをつけるようにしてほしいなと思っています。