避難訓練は失敗が大事

避難訓練を計画している人から見るととんでもない話かもしれませんが、避難訓練は何か失敗が見つかる方がいいと、筆者は思っています。
避難訓練が完璧にシナリオ通りに終わったとすれば、イベントとしては成功ですが、訓練としては失敗だと考えて下さい。
訓練でさまざまな想定をすると、実際に本当にいろいろなトラブルが発生します。
そのトラブルは、当然本番でも起こり得ることなので、対策を考えて手を打っておくことで、本番ではトラブルをできるだけ減らすことができるのです。
「訓練はうそをつかない」という言葉がありますが、さまざまな想定を経験しておくことは、本番のときに必ず役に立ちます。
体験していないこと、経験していないことはどうしても行動や判断に時間がかかってしまいますから、状況によっては致命的なミスが発生することもあり得ます。
イベントとしての避難訓練はさまざまなところで行われていますが、それでもやらないよりはずっとマシですので、やる意味自体はあると思います。
ただ、本番に備えた訓練ならば、いくら対策を準備していてもそのとおりになるとは限らないような想定を用意し、「意地悪だ」といわれるくらいひどい結果のものをやってみてほしいと思います。
そこから得られる教訓は、絶対に無駄にはなりません。
避難訓練はあくまでも訓練ですから、本番と同じような条件で行動し、問題点を洗い出すものだと思ってやってみてほしいと思います。

やってみないとわからない

 「訓練しなくても理解しています」といわれる方がそれなりにいます。
 話を伺うと、確かに回答は具体的ですし、マニュアルは頭にきちんと入っています。
 面白いのは、そういった人に訓練の一コマをやってみてもらうと首をひねるが多いこと。
 「こんなはずでは・・・」と言われることが非常に多いです。
 例えば、消火器の使い方で見てみます。
消火器は、
1.上部の安全ピンを外す
2.ホースを火元へ向ける
3.放射レバーを押し込む
 これで消火器は仕事をしてくれます。
 でも、実際にやってみてもらうと、この手順に入る前に消火器の重さに驚く人がいます。
 他にも消火器を抱えて運ぶときに落としてみたり、消火器の操作をど忘れしてしまう人、ホースの押さえる場所を間違えて見当違いの方向に薬剤を散布する人など、頭で理解していても実際に動いてみるとずいぶん違うのです。
 訓練は、意識しなくても身体が動くように動作をたたき込むことが目的ですが、理解していてもそれだけでは行動はできません。
 何事もやってみないとわからないのです。
 例えば、とある場所の避難所設営訓練で妊婦さん用に用意された休憩用テントの入口が狭く、かがまないと中に入れませんでした。
 実は妊婦さんはかがむのが難しいのですが、男性だけでなく、妊娠・出産を経験した人でさえもそのことに気付いていなかったのですが、たまたま訓練に参加していた妊婦さんがそれを指摘し、その後立ったまま中に入れるテントに変更したということがありました。
 これらも、実際にやって該当する人が実際に体験したからこそわかった問題です。
 頭の中や図上で考えてみることには限界があります。
 組み立てて設計をしたら、実際に訓練をやってみること。それにより、本番のときに必要なものを確実に使うことができるのではないかと思います。

避難訓練は観察者を置いてみよう

 避難訓練では、その施設の人が全員参加して行動することが大切だと思われていますが、実はそうではありません。
 全員が参加してしまうと、その避難訓練を客観的に評価できる人がいなくなり、その避難訓練のよかったところや悪かったところが客観的に判断できず、結局「無事に終わりました」という月並みな結果になってしまいます。
 避難訓練に直接参加せず、側から訓練の様子を見て評価する人がいると、避難訓練のいいところ悪いところが冷静に見えて次の訓練に反映することができます。
 当研究所でもそういった支援はしていますし結果報告書も作成していますが、無理に外部から観察者を入れなくても自分のところで誰かにその役をしてもらうことで、充分に役に立ちます。
 その時の視点は「本当にそれでいいのか?」「なぜそうなったのか?」「自分だったらどう動くだろうか?」というもの。
 例えば、避難訓練中に本当にけが人が出たとします。全員が訓練参加者になってしまうと、その記録は「怪我に対応した」で終わってしまいますが、観察者はそれだけではなく、「その怪我が起きた原因はなにか?」「本番でも発生する可能性はあるか?」「本番で起きたらどうすればその人の命が守れるか」といった視点で報告をしてもらうのです。
 それから、観察者がいると参加者は手が抜けません。特に管理職が観察者になっている場合、参加者は非常に真面目に取り組むことが多いですから、管理職の方には「自分がおらず、連絡もつかない」という想定にしてぜひ観察者になってほしいと思います。
 かつて、とある学校でその学校の避難訓練の見物をする機会がありました。その訓練では、学校から屋外の安全な場所へ避難するという訓練内容だったのですが、屋外への避難中、生徒の一人が溝に落ちて怪我をする事故を目撃してしまいました。
 どういう立場なのかはわかりませんが、近くで世間話をしながらそれを見ていた数名の教員は生徒に「保健室に行きなさい」の一言で特に何をするでもなし。
 見ていたこちらは「団子になって駆け足で避難行動していたため足下が見えなかった」ことや「溝蓋に隙間があって、そこに足が落ちてしまった」こと、「本番時に保健室が機能しているのか?」などさまざまな問題点や疑問点が出てきたのですが、それを指摘したところ、「溝蓋の管理はうちじゃない」や「怪我した人が悪い」「あんたに言われる筋合いはない」といった回答をいただきました。
 もしこれを見ていたのが筆者では無く、その学校の校長や教頭、もしくは教育委員会や保護者などであればこの教員達の反応は確実に変わったと思います。
 学校に限らず、組織として避難訓練するのであれば管理職が自分の目で見て何が問題なのかを洗い出したほうが効率がいいですから、訓練をする際には担当者に丸投げせず、ぜひ管理職の方が率先して観察者になっていただきたいと思います。
 客観的に見る目ができ、その意見が反映できるようになると、訓練の効率や効果は非常に高くなりますので、有意義な避難訓練がしっかりとできると思います。
 なぜか今の時期はさまざまな場所で避難訓練を行っています。余談になりますが、そういった過去の経緯から、当研究所では訓練計画の立案や実行だけでなく訓練観察の視点や訓練の改善点を考えるといった支援も行っていますので、興味のある方は一度ご相談いただければと思います。

【活動報告】高津小学校様の避難訓練を見学させていただきました

 去る10月29日、高津小学校様で実施された避難訓練を見学させていただきました。
 想定は地震が発生、その後津波が来襲するということで、校外の安全な高台にまで全学年で避難をするというものでした。
 地震では、机の下に隠れることになっていますが、サイズや作り方がばらばらのため、うまく隠れることのできない子どももいたようです。

整然と校内からの避難をする生徒さん達。教科書で頭を防護している。

 その後、放送に従って校内からまずは校庭へ。校庭で一度安否確認した後に最寄りの高台である高津中学校まで駆け足で避難を行っていました。
やってみると、道路のあちこちに危険な場所があったり、避難経路が計画と異なったり、移動速度の違いから距離が空いたり詰まったりといろいろなことが起きていました。

道路に歩道が無くなって危険な場所。改良は進んでいるが、避難の時にはかなり危険。
駆け足で避難先に向かう。手に持っている教科書は校内からの避難時に頭を守るために使用していたもの。

 ただ、初めてやられた訓練としては素晴らしくよくできたのではないかと見させていただきました。
 大がかりではありますが、こういった訓練は必要なものですし、今後も取り組みが進むことで安全が確保できればいいなと感じます。
 見学の許可を快く出してくださいました担当の先生、校長先生や教頭先生他、教員の皆様、そして参加した生徒の皆さんありがとうございました。
 そしてお疲れ様でした。
 いざ本番の時にも、今回と同じように整然と避難ができることを願っています。