非常用持ち出し袋に求められること

 非常用持ち出し袋を作るときには、十人いれば十通りのこだわりが出てくると思うのですが、どんな非常用持ち出し袋を作るにしても一つだけ気をつけておいてほしいことがあります。
 それは、「その非常用持ち出し袋、持って走れますか?」ということ。
 非常用持ち出し袋についてはさまざまなところで書かれていますし、ここでも何度も紹介しているところですが、せっかく作っても持って移動ができなければ意味がありません。
 非常用持ち出し袋を作るときによく言われているのは男性15kg、女性10kgくらいまでとされていますが、これを実際に持ってみるとかなり重たいです。非常用持ち出し袋に詰めるときの詰め方を上手にしないと、普通に詰めたのでは背負っても歩けないかもしれません。
 そこで、非常用持ち出し袋を作るときにはその非常用持ち出し袋を持って避難しなくてはならなくなったとき、それを持って走ることができるかどうかを考えてみて下さい。重たくて走れないというのであれば、自分が背負って走れるくらいまで重量を軽くしておくことです。
 その結果、中に詰めることができなくなるものも出てくると思いますが、ある部分は割り切って考えることも重要です。
 また、小さいお子様がいる場合には非常用持ち出し袋を背負うことができないかもしれません。
 そんなときには、大きなベストを用意して、その中にさまざまなグッズを詰めておくことで、非常用持ち出し袋の代わりにすることもできると思います。
 中身をあれこれと悩む前に、まずは自分が背負って走れる重量を確認するところから始めて下さい。

非常用持ち出し袋の中身と普段の生活

 非常用持ち出し袋の中身についてはたびたび触れているところですが、中身に迷うときには、自分の普段の生活を思い返してみてください。
 いつ、どんなときに何をしているか、どのようなときに何を使ってどんなことをしているか、まずはそれを考えてみてください。
 その上で、その生活習慣は避難先でもしないといけないことなのか、やったほうがいいことなのか、やらなくてもいいことなのかを整理します。
 やらなければいけない、やったほうがいいと判断すれば、それに必要なものは準備しておかないといけないということになります。
 ここで注意したいのは、やらないといけない、やったほうがよい、やらなくてもいいはあくまでも主観です。他の人の意見を考えるとうまくいきませんので、そこだけは気をつけてください。
 さて、準備をするとき、それらのものが非常用持ち出し袋に詰めておくと困るようなものであれば、非常用持ち出し袋を普段自分が使う場所へ移動させ、その中から出し入れをするようにします。
 そうすることで、非常用持ち出し袋の位置も把握できますし、いざというときに探さなくてすみます。
 避難生活はどれくらい普段の生活の質を維持できるかで快適性が変わります。
 非常用持ち出し袋を自分が持って歩ける範囲で、という前提にはなりますが、普段から自分の生活を考えておいて、非常用持ち出し袋の中身を備えるようにしてくださいね。

量にあわせるか入れ物にあわせるか

市販されている子ども用非常用持ち出し袋の一例。必要なものはセットされているが、食料品や飲料水は入っていない。リュックはアイテムでいっぱいなので、何かを入れようとすると何かを出すことになる。

 非常用持ち出し袋のお話をしたときに良く出てくるものの一つに「食料品や水はどれくらい入れたらいいのか」というものがあります。
 非常用持ち出し袋のサイズによって量が決まるので、「安全に持てる範囲で入れてください」という回答になります。
 市販の非常用持ち出し袋を見ると、本当にいろいろなものがセットされています。ものによっては非常食や長期保存水までセットされていて、これ一つ備えればOKというようなものも売られています。
 これらの非常用持ち出し袋に共通して言えるのは、持ち出すものの量によって袋の大きさが決まっていると言うことです。
 妙な言い方になってしまいますが、袋に余裕がないので何か自分が必要なものを収めようとすると何かが入らないという事態が起こりえます。
 例えば、あなたがコンタクトレンズのケアセットを収めようとすると、非常用持ち出し袋の中のクッションを追い出さないと収まらないといった感じです。 
 非常用持ち出し袋の中身は、いろいろ入っていれば入っているだけ精神的に安心しますので、非常用持ち出し袋は大型化する傾向にあります。
 中には大型化した結果、背負うのではなくコロがついていて引っ張って歩くようなものも出ていますが、そこまでいくと非常時の持ち歩きに苦労するのではないかといらぬ心配をしたりもしています。
 ともあれ、基本は「保温」「乾燥」「保水」「情報」「安眠」の条件を満たせるようなアイテムをセットしていけばあなたに最適な非常用持ち出し袋を作ることができます。
 その結果として入れ物が大きくなるか小さくなるかは人それぞれですが、いずれにしても「飲料水」と「使い捨てカイロ」は必ず入れておいてください。
 怖いのは体を冷やすこととのどが渇くことです。どちらも人の判断を鈍らせてしまうものなので、判断力を維持するためにも準備を忘れないようにしてください。

非常用持ち出し袋と嗜好品

 災害が起きると、甘味や酒、たばこといった嗜好品が手に入りづらくなります。
 特に酒やたばこは支援物資としてはまず来ませんので、流通が再開されるまではいずれもお預けとなってしまいます。
 ただ、酒はともかくたばこが手に入らないといらいらする人も多いのではないでしょうか。
 この際「禁煙」といけばいいのですが、なかなかそれは難しい。
 そうであるならば、あらかじめ非常用持ち出し袋にセットしておく必要があります。
 甘味やたばこは愛好者にとっては精神安定にかなり有効ですので準備していても損はないと思います。ただし、嗜むときには周囲の人が困らないように配慮することは重要です。
 酒については、判断が鈍ったり他者に迷惑をかけたりといった事態が起こりえますので非常用持ち出し袋には入れない方が無難ですが、許す範囲で自分の精神安定に役立つものをいれておくといいですね。
 ちなみに、嗜好品と同じようなものにゲーム機があります。スマホゲームなどもそうなのですが、避難先で自分が楽しめるものを持って行くのは大切なことです。
 ただし、こちらでよく問題になるのは音。ゲームで流れている音はゲームをしている本人以外にとっては非常に耳障りで、場合によってはケンカや殺傷事件に発展しかねない危険性をはらんでいます。
 ゲーム機を持って行く場合には、かならずイヤホンなどの音が周りに漏れない装備も必ず一緒に準備しておき、遊ぶ場合には必ずそれをつけ、周りを困らせないようにしておいてください。

アウトドアグッズと防災用品の違い

 「アウトドアグッズと防災グッズは兼ねることができます」という記事を雑誌などではよく見かけます。
 確かにその通りなのですが、それは「そのグッズを使い慣れていること」が前提となることに注意してください。
 アウトドアグッズ、特にソロキャンプや単独行で使うような装備は、軽量、コンパクトさが優先して設計されていて、丈夫さや使いやすさは二の次というアイテムが多いです。
 では防災グッズではどうかというと、あくまでも普段使いの延長になるため、丈夫さや使いやすさの優先度が軽量、コンパクトよりも高くなります。
 なぜなら、アウトドアを満喫することは非日常で楽しいことですが、災害は同じ非日常であっても不安やしんどさが先に立ちます。些細なことで不安や怒りが増幅されてしまう環境を考えると、例えば使い方に気を遣うシングルバーナーよりも大きくても安定しているカセットコンロのほうが日常に近い生活を送ることができますし、十徳ナイフよりも小さな包丁のほうが使いやすいことは言うまでもありません。
 もちろん、アウトドアグッズがダメと言っているわけではありません。
 使い慣れている道具であれば、それを使うことで安心感がもたらされるものですし、軽量コンパクトなアウトドアグッズは非常用持ち出し袋に治まりやすくて運びやすいので入れ方や重量を気にせずに持って移動でき、とりあえずの生活の質を落とさないという点で非常に有効です。
 ただ、普段は使わずにいざというときに初めて使うという状態だと、組み立てている途中で壊れたり、思ったような使い勝手でなかったりしてそのアイテムがない時よりもストレスをため込むことになりかねません。
 アウトドアグッズは買ったらすぐに誰でも使えるというものではなく、マニュアルを読んだり実際に使ったりしてそのグッズに馴染んでおくことが絶対的に必要です。
 普段使いのアイテムを組み込みながら、できるだけ日常に近い防災グッズをそろえていくことで、いざというときにも生活の質を維持していきたいですね。

非常用持ち出し袋に一枚「巻きタオル」

巻きタオル。筒にしても使えるしバスタオルとしても使える。何気に便利なタオル。

 「巻きタオル」というのをご存じですか。小学校などの水泳の前後に着替えに使っていた人もいると思いますが、大きなバスタオルで筒にできるスナップボタンがついていて、首から落ちないように上側になる部分にはゴム紐が入れてある着替えもできるバスタオルです。
 「ラップタオル」という呼び方もされるようですが、非常用持ち出し袋にこれが一枚はいっているといろいろと使えます。
 用途通りに身体を拭いたり、この中で着替えをしたり、防寒着になったり、広げるとちょっとしたタオルケットになったりもします。丸めれば枕、紐や洗濯ばさみを使えば間仕切りや簡易カーテンにもなりますし、見せたくない洗濯物を干すときのカバーとしても使えます。
 お値段もそんなに高くなく、非常用持ち出し袋から溢れてしまうような大きさでもありませんので、非常用持ち出し袋に一つ入れて置いてはいかがでしょうか。
 非常用持ち出し袋に入れる前には、一度サイズが自分に合うかは必ず確認してくださいね。また、子どもさんの非常用持ち出し袋に入れる場合には、定期的にサイズ合わせすることをお勧めします。
 身体の大きさがきちんと隠れるサイズの巻きタオルでないと、いざというときにこまったことになりますから、それだけはご注意を。

救急セット、あなたは使えますか

救急セット
救急セットの一例。はさみや毛抜き、ピンセットなどの医療器具は思ったように使えるかどうか、あらかじめ確認して置いた方がいい。

 非常用持ち出し袋に入れておくことが推奨されているものの中に救急セットがあります。さまざまな防災の本や研修会でこの中身について調べてみるのですが、多くは「あなたが必要とする救急時に使えるもの」というすごくおおざっぱなくくりで語られることが多いようです。
 イラストを見ると、包帯や三角巾、カット綿、絆創膏などの外傷用と普段使っている常備薬があればいいのかなと感じますが、いざ準備する場合には個別に揃えるのでは無く、ドラッグストアやインターネットなどでセット化された救急セットを買うことが多いと思います。
 ここで大切なのは、救急セットには考え方によっていろいろなものが入っているのですが、それをどう使ったらいいかをあなたが理解できているかどうかです。
 救急セットは、災害時にもし怪我などをしたとき、命を繋ぐために緊急に処置ができるための資機材を入れておくものですから、どんなに便利な道具でもあなたが使い方を知らなかったり、使ったことがないものは役に立ちません。
 必要最低限の応急処置をできる能力を身につけて、その上でその応急処置を実施するために必要な資機材を入れておくことが、救急セットでは非常に重要になると思いますので、取り扱えるようにしっかりと練習をしておくことをお勧めします。
 また、医療用品にはそれぞれ使用期限が設定されていることが多いので定期的な入れ替えについて意識するようにしてください。
 ちなみに、消防庁では「一般市民向け応急手当WEB講習」を公開しています。ネット配信の映像を見て、出される問題を一定以上正答すると、受講証明書も発行されるようになっています。
 日本赤十字社や消防署の行う応急手当の講習会に出かける時間の無い人や何から手をつけたらいいか分からない人は、こういった講習で学習することもできますよ。

一般市民向け応急手当WEB講習(消防庁のウェブサイトへ移動します)

非常用持ち出し袋は家族一人に一つずつ準備する

 非常用持ち出し袋を作るというお話をすると、なぜか一家族で一つ準備すればいいと思う方が多いようです。
 実際のところ、一家族に一つだと、いざというときにはどうにもならないことが殆どです。少々大きなリュックサックを準備しても、家族全部の生活を養うものを持つことは非常に難しいと思います。例えば、家族4人の生活に必要とされる水は、一人一日3リットルとして全部で一日12リットル。もし3日分持って避難となると、これが36リットル、つまり36キログラムの重量を一人が背負うことになります。これは極端にしても、非常事態の対応としても、自分の命を守るためのものが特定に人に集中している事態は避けるべきだと思います。
 非常用持ち出し袋は、家族一人に一つ必要です。リュックサックを背負うことが難しい人は仕方がありませんが、リュックサックを背負える人であるなら、子どもでも年寄りでも関係ありません。自分が持てる範囲の自分の荷物をきちんと持ってもらうことが必要です。
 例えば、3歳のこどもに一日分の水や食料、生活用品まで入ったリュックサックを背負えといわれても難しいでしょうが、例えば300mlのペットボトルのお水1本と簡単な非常用食料、着替えくらいであればきちんと背負えるのではないでしょうか。自分で背負える範囲の生活物資を持つことで、万が一はぐれたとしても背負っている物資で命を繋ぐことはできます。また、少しの荷物でもわけることができれば、その分他の荷物を持つことができるので、生活環境の低下を少しでも防ぐことができます。
 家族みんなで自分が避難所で生活するとしたらどんなものがいるのかを話しながら用意していけば、きっと満足のいく非常用持ち出し袋をそれぞれが作ることができると思います。
 非常時には、自分のことは自分ですることが基本中の基本です。小さい子でも責任を持たせて準備させ、いざというときに持ち出すように話をしておくことで、仮に大人がいないときでも自分のものを持って避難することができれば、命が助かる確率はかなり高くなると思います。
 3月末、生活環境が変わるついでに、それぞれが非常用持ち出し袋を準備する機会にもしていけるといいですね。

口の中を清潔に保つ

 口の中がきれいでないと、さまざまな雑菌が繁殖します。その雑菌によるいろいろな病気にかかってしまう可能性が高くなるので、口の中をきれいに保つことは普段の生活でもとても重要なことです。
 通常は歯磨きやうがい、ゆすぐなどをして口の中に繁殖している雑菌を追い出しているのですが、災害時にはそれができなくなることがあります。特に発災から数日間は口の中がなんとなく気持ち悪くても、言い出せずに我慢してしまい、いつの間にかその気持ち悪い状態が当たり前になってしまうことが起きます。
 特に高齢者では口の中で雑菌が繁殖した結果誤嚥性肺炎を起こしてしまうことが多々あります。高齢者以外の方も免疫力が落ちていれば同じような症状になることはあり得ます。他にも虫歯やその他の疾患にもいろいろと口内環境が影響を与えているという話はありますので、気をつけるべき重要項目といっても過言ではないでしょう。
 口の中をきれいに保つために一番簡単な方法は、非常用持ち出し袋に歯磨きセットを入れておくことです。洗口液を一緒に準備しておけば水がなくても歯磨きから口をゆすぐところまで可能ですし、洗口液なら罪悪感もありません。

被災時の歯磨きでは水がない場合歯磨き粉は使わない方が無難。歯ブラシできれいにした後は、洗口液でゆすぎ口の中の汚れを撤去する。

 歯磨きセットがない場合には、清潔なティッシュ類や布をお茶や水に浸して絞り、歯を磨いてから少しの水でゆすぐようにすればとりあえずの口の中の衛生環境は守ることができると思います。

ティッシュや布を写真のように指に巻き付けて少し湿らせ、歯を磨く。

また、定期的に歯磨きの時間を生活の中に組み込んでおくことで、被災後の生活にもメリハリができて病気になりにくくなると思います。
 口の中は菌が繁殖しやすい環境が整っていますから、生活環境以上に衛生的であることに気を遣わなければいけません。
 あなたの非常用持ち出し袋にも、歯磨きセットは必ず入れておいてくださいね。

非常用持ち出し袋をどう作るか

市販品の非常用持ち出し袋セット
毎度おなじみ子ども用の非常用持ち出し袋。実際にはいるものいらないものを整理していくので、内容の参考程度に見ておくといい。

 研修会や勉強会などで「非常用持ち出し袋には何をいれたらいいのか?」とか「○○を入れろとあったが、何に使うのか?」というご質問をいただくことがあります。
 答えを先に言ってしまうと「生活に最低限必要だと思うものを入れてください」です。非常用持ち出し袋は何のためにあるのかというと、あなたが家から避難した後、避難先であなたの生活を維持するのに必要なものを入れておくためです。そのため、内閣府防災消防庁などで推奨されている非常用持ち出し品が揃っていれば大丈夫と言うことではありません。あなたが使わないものや使えないものが入っていても仕方ありませんし、あなたが必要なものが入っていないようでも困ります。
 最近はネット通販などで「防災士が考えた非常用持ち出し袋」や「被災地の経験から作られた非常用持ち出し袋」などというタイトルで売られているものもあるのですが、それらを買ってもあなたに必要なものが全て過不足無くはいっているわけではないのです。あなたが使い方がわかっていて、そして避難先で必要なものを揃えていくのが非常用持ち出し袋を作る基本ですし、実はその方が値段も安かったりします。
 では、あなたの生活に最低限必要なものはなんでしょうか。「衣・食・住」で考えれば、着替えが一セット、食事が1日分、寝るための毛布や寝袋といったところでしょうか。これに懐中電灯や雨合羽、救急箱、新聞紙、充電器、ラジオ、ゴミ袋などを組み合わせて自分の非常用持ち出し袋を作っていくのです。
 避難所では時間がたくさんありますから、文庫本や携帯できるボードゲームやカードゲーム、塗り絵、折り紙などが入っていてもいいと思います。スマートフォンが生活に欠かせない人であれば大容量の充電池も必要でしょう。テレビが趣味なら、携帯テレビが必要かもしれません。要は普段のあなたの生活が守れる最低限度のものがあればいいのです。
 人間、環境が極端に変化すると心身とも一気に弱っていきます。非常時だからこそ、いかに普段の生活の質を落とさずに凌げるかが鍵になります。
 非常用持ち出し袋や備蓄品はそのために準備しておくものなのです。
 政府は3日~1週間分の食料や水の備蓄を推奨しています。でも、これを全部非常用持ち出し袋に詰め込むと、とてもではありませんが動けません。持てないものは家に備蓄すると割り切って、非常用持ち出し袋は自分が背負える重さにしてください。
 最後に、非常用持ち出し袋となる袋は登山用等のしっかりとしたリュックサックをお勧めします。よく非常用持ち出し袋として昔のナップサックのようなものが売られていますが、あれに詰めると、紐が肩に食い込んで背負えません。

左は昔からある非常用持ち出し袋。右側は子ども用非常用持ち出し袋。
最近は右側のように普通のリュックサックになっているものが多い。

 せっかく準備するのですから、しっかりとしたリュックサックを選んで、いざというときにしっかりと背負えるようにしておいてくださいね。