懐中電灯を考える

 災害が起きると、大抵の場合停電が発生します。
 夜に灯りが無いのは非常に不安な気持ちになりますので、なんらかの灯りを準備する必要がありますが、地震や台風の時には裸火を使うわけにもいきません。
 そこで懐中電灯や電池式ランタンの出番となります。
 最近では百円均一のお店にもたくさん売っているので目移りしますが、調達するときには使用している電池の種類を気にするようにしてください。
 乾電池式、ボタン電池式、充電式といろいろありますが、災害対策で使うものについては、乾電池式をお勧めします。
 その中でも、入手のしやすさ、重量、点灯時間の長さのバランスを考えると、単三電池が一番よさそうです。
 殆どの懐中電灯はLED照明。LED照明は光が直進するという癖があるため、強力な明るさを得ることができます。そのため、それを売りにしている懐中電灯も多いのですが、夜間の避難時に使うのならともかく、家の中で使うには明るすぎて困ります。
 明るさを切り替えることのできる懐中電灯であればいいのですが、そうで無い場合、家の中で使うために周囲に光を拡散させる道具を取り付けたほうが周囲を明るくできて使い勝手がいいです。ポリ袋をかぶせたり、水を入れたペットボトルを照明部分に載せることで光を拡散させることができますので、試してみてください。

 LEDランタンはそのあたりのことを考えて作られていますが、白色のものは光源が非常に明るくて使いにくいです。ランタンとして使うなら、暖色系の灯りのものを選んでください。
 また、ラジオや蛍光灯などのついた複合型の懐中電灯もありますが、電池の規格には十分注意してください。余談になりますが、複合型の懐中電灯は手回し発電機がついていることも多いです。ただ、これは内蔵蓄電池の性能によって使い勝手が変わってきます。殆どの場合、蓄電池の性能はさほど高くありませんので、手回し発電機はおまけ程度と考えてください。
 自家発電装置のついている懐中電灯もありますが、振るタイプは振っている間灯りが落ち着かず、おまけに疲れます。発電装置付きを選ぶのであれば、握って発電できるものを選ぶようにしてください。
 どのようなものを選ぶにしても、いざというときに電池切れというのでは意味がありません。
 災害が起きそうな時には新しい電池を用意して点灯試験を必ずし、いざというときに備えておいてくださいね。

「00000JAPAN」(ファイブゼロジャパン)を知っていますか?

 大規模災害になると、スマートフォンを始めとする携帯電話での通信は繋がらなかったり通信が不安定になったりします。
 そのため、携帯電話の通信に頼らずWi-Fiによる公衆無線LANサービスが提供されるようになりました。
 これが「00000JAPAN」と言われるもので、提供されている間はWi-Fi接続できる端末であればどこのものでも誰のものでも自由に接続して使うことができます。もちろん外国人旅行者も利用することができます。

1.提供される目安

 大規模災害発生後72時間以内に無線通信ネットワークの復旧が困難と判断された場合に提供が開始されます。最近では台風15号による大規模な通信障害が発生した千葉県全域でKDDIやソフトバンクが自社の回線を開放しました。「00000JAPAN」は、一斉に開放されるものでは無く、開放すべきと判断した事業者が設定するもののようです。

2.使い方

 設定画面でWi-Fiのスイッチを入れ、ネットワークの選択で「00000JAPAN」を選択します。IDやパスワードの入力は必要ないので、そのまま接続して使うことができます。
 携帯電話のネットワークと違うのは、Wi-Fiスポットがある場所でないと繋がらないこと。
 コンビニや道の駅など、携帯電話サービスなどでWi-Fiが提供されている場所などで利用が可能です。

3.注意点

 この「00000JAPAN」、使い方のところでIDやパスワードは不要というということを書きましたが、非常用に使われるものですので、セキュリティにはかなり甘いところがあります。
 公衆無線LANサービスの常として、ネットバンキングサービスやネットショッピングなど、個人情報を入力しないといけないものには使わないことをお勧めします。

 田舎ではWi-Fi環境のある場所は少ないですが、万が一に備えてWi-Fiが提供されている場所と、その使い方を知っておくと情報収集に使うことができて便利です。
 動画などの大規模なデータは送ることが難しいかもしれませんが、メールやSNSを使うことはできると思いますので、参考にしてもらえるとうれしいです。
 なお、「00000JAPAN」について詳しいことが知りたい方は一般社団法人無線LANビジネス推進連絡会のホームページをご覧ください。

マチ付きのレトルト非常食

非常食に使われる代表的なもの。インスタント食品、缶詰、そしてレトルト食品。

 非常食というと保存期間の長さからどうしても缶詰や乾燥食品が検討されがちです。
 ただ、最近はレトルトパウチでも常温でそのまま食べられて、賞味期限が長いものが出てきましたので、これらをレパートリーに加えることで豊かな非常食生活ができるようになって、ありがたいなと思っています。
 でも、レトルトパウチには大きな問題点が一つ。
 それは、封を切った後自立して立てられるものが少ないという点です。
 レトルトパウチは、その構造上マチが作りにくく、マチなしのものが殆どですが、いざ食べようとしたときにお皿の無い環境だと非常に使いづらいものになります。封を切ったレトルトパウチの容器は手で持つか何かで支えていないと、置くにおけない、置くとこぼれてしまうという悲しい状態になります。
 でも、このレトルトパウチにマチがついていて自立できるなら、仮置きができるためストレスを感じません。ほんの些細なことなのですが、神経が高ぶっているときにはその些細なことがイライラの元になったりしますので、決して侮ることはできません。
 で、今回見つけたのはそんなありがたいレトルトカレーです。

 商品はいなば食品さんの「甘口カレー」。リンゴとマンゴーが入っているとパッケージに書かれていますが、かなり甘口のため、カレーが食べられる年齢の子であれば、問題なく食べられると思います。マチ付きなので、写真のとおり自立していて、中にスプーンを入れてもひっくり返ることはありませんでした。
 温めなくてもそのまま食べられるとあったのでそのまま試してみたのですが、油でべたつくことも無く、まったく何の問題もなく食べられました。

 具材は少し少なめですが、ちゃんと鶏肉も入っていました。
 マチ付きで封を開けてもちゃんと自立してくれるのがありがたいです。

買ったのは2019.10.6なので、とりあえず1年以上は賞味期限がある計算になる。

 そして、賞味期限も買った時点で1年以上先!
 非常食に非常に向いた商品だなと、ちょっと感激です。
 ただ、問題点が一つ。

うちの研究員が踏んづけた結果、周囲には微妙にカレーの香りが漂うことに。
この蒸気口が開いてしまった結果らしい。

 それは、蒸気穴の存在です。容器のまま電子レンジにかけることができるため、蒸気抜き用の穴が開くようになっているのですが、袋を押さえつけたり踏んだりしたら、この蒸気抜き用の穴が開いてしまい、一度開いたら塞ぐことができません。
 そのため、この商品は他のレトルトパウチのように非常用持ち出し袋に「ぽいっ」というわけにはいかないみたいです。
 湯煎はできるみたいですけれど。

 そのまま食べられるとあるが、実際においしく食べられた。

 とはいえ、常温長期保存ができて味も良く、マチもついていて食べやすいこのカレー。
 いくつか種類もあるそうなので、見かけたらぜひ非常食として検討して欲しいなと思います。

「モノ」ではなく「機能」で考える

 災害が発生して命からがら逃げ出し、自分が安全だと落ち着いたとき、「あれがない」「これがない」と困ることがたくさん出てきます。
 ただ、そのときにあまり「モノ」に固執すると本質を見失ってしまうことがあるので注意しましょう。
 必要なのは「機能」であって「モノ」ではないことに気がつくと、案外と代替品はあちらこちらにあるものです。良く出てくるのは、お湯を入れたペットボトルを使った「湯たんぽ」。これは「湯たんぽというモノ」ではなく、「体を温める道具」という点に注目しているからできるものです。
 鍋はなくても空き缶があれば鍋代わりに使うことができますし、鉄製の板があればフライパン代わりに使うことができるかもしれません。また、「布団」がなくても床からの暑さ寒さからの断熱と体の保温、そして安眠という機能を代替えできればいいわけですから、段ボールや新聞紙を組み合わせれば即席のものを作ることができるでしょう。
 ないものはいくら嘆いても手に入りません。とりあえずは、そこにあるものを全部並べてみて、単品や組み合わせで必要とする機能を作り出すことができないかどうかを考えてみる癖をつけておくようにしましょう。

【活動報告】防災マップの調査報告を小学校に行いました

 夏休み企画として8月に「防災マップ作り」を実施したところですが、本日、その内容について高津小学校様に調査報告をさせていただきました。

 今回の防災マップは地震と、地震による津波が発生した場合、学校から最寄りの高台の避難所までどのように避難したら良いかということを調べたのですが、作成した地図を元に、子ども達の疑問や心配なことについて説明をし、先生方がそれらを問題点としてすでに認識されており、試行錯誤を続けられているというお話を伺うことができました。

 去年、実際に避難所までの避難を行うということで、指定避難所である翔陽高校まで避難訓練を実施されたそうです。その結果、大きな道路の横断方法や長くなってしまう避難列の安全対策、学年ごとに異なる移動速度の問題、そしてどこへ避難するのが安全なのかということについてお話を伺い、こちらからも提案できることやよその事例などのご紹介をさせていただきました。

 学校の避難訓練はどうしても定型化しやすいとのことですが、定型化していてもそこから学べることはあります。やらないよりはやったほうがずっといいですし、同じやるのであれば、現在高津小学校様が挑戦されているような、より実態に即した方法を試してみるのはとてもいいことだと思います。

 よくあることなのですが、訓練をするときには「地震発生→机の下」というような定型的な行動を指示しがちです。でも、その行動にはきちんとした意味が存在します。訓練時には定型的な行動ではなく、「どこを守るためになぜその行動をとるのか」ということについて、子ども達に説明していただき、例えば机が無くても頭や体を守る方法を考えてもらえるようにしたほうがいいというお話をしました。
(「地震の時は机の下に隠れましょう」という定型的訓練が続くとどうなるのかを実験した映像がこちら
 学校の先生方は一生懸命やっておられるのですが、いかんせんお忙しいのと、なかなか専門的な知識の必要な防災まで手が回らないという実態があります。
 地元にいる防災士の一人として、お手伝いできることを積極的にさせていただき、いざというときに犠牲者が出ないような方向に持っていければなと思っています。
 お忙しい中、調査報告を真剣に聞いていただいた高津小学校の先生方に感謝いたします。

車を簡易避難所として使う

 公共交通機関が少ない石西地方では、ほぼどの家にも自動車があると思います。
 それも一家族に一台ではなく、一人一台。どうかすると一人二台三台というお宅もあると思いますので、それを防災倉庫として使ってみてはいかがでしょうか。
 普段使いの車のトランクスペースに非常用備蓄品を積み込んでおけば、非常時に積み込みの心配をせず、そのまま逃げることもできますし、車自体に冷暖房設備が積まれていますので、いざというときには簡易避難所としても使えます。
 積み込んでおくのは、毛布や着替え、非常用持ち出し袋。温度変化が激しいので、非常食や水は温度変化に強いものをクーラーボックスに入れて、また、燃料のガスボンベや蓄電池は積みっぱなしにしない方が無難です。
 一般的な自動車の場合、電気の出力は12V/100Wくらいなので、シガーソケットからの携帯電話の充電くらいしか使えませんが、PHV等のハイブリット車では100V/1500W、つまり出力の小さな電子レンジを使うくらいの電気のパワーがあり、エンジンを発電機にして車から電気を家庭に回すこともできるようになっています。電気自動車の場合も、ハイブリット車と同じ100V/1500Wの出力ができますが、蓄電池の能力から考えると災害時にはそこまで役には立ちませんので気をつけてください。
 ところで、自動車を簡易避難所として使う場合に気をつけておかないといけないことが二点あります。
 一点目は、自動車の燃料はできるだけ満タンにしておくこと。燃料があれば、一番長く使えるハイブリット車の場合、2日程度は給電できるようです。
 それと、寝る場所がフラットにできるようにあらかじめ準備をしておくことです。車内であれ車外であれ、無理な姿勢を取らずに寝られるようにしておかないと、エコノミークラス症候群になる可能性があります。
 荷物を増やすと燃費が悪くなるという話もありますが、非常用備蓄品を積載してもたいした重量にはなりませんので、備えておいて損はありません。
 非常用持ち出し袋を家庭に備えたら、自動車を防災倉庫にして、より確実に命を繋ぐことができるようにしておきたいものですね。

ボトムアップの防災計画

 防災計画と書くと、行政の防災計画や自治会、自主防災組織の防災計画が浮かぶのではないでしょうか?
 実際、今までの地域防災の考え方は行政が手が回らない部分を自治会や自主防災組織がカバーし、それで足りない分を個人が備えるというものでした。
 ただ、行政の予算や職員の縮減・素人化、そして高齢化や少子化といったさまざまな要素が絡み合い、最近の災害ではこれがうまく回らなくなっています。
 そこで熊本地震から後は、まず自分が備え、そこで足りないものを自治会や自主防災組織がカバーし、それでもできない部分を行政が担うという形に国の方針ががらりと転換されました。
 元々行政は災害対策を「○○地区」という「面」で考えます。そこには数字は合っても「××さんの家」という特定の人が想定されることはありません。ただ、被災するのは○○地区の××さんなわけで、被災した人と行政との間にギャップが生まれてくるのは考え方の前提が違っている点で仕方が無いことだと言えます。
 もう少し細かく書くと、「○○地区」に「××さんの家」以外は全て高齢者だとしたら、「○○地区」の支援は高齢者向けのものが優先されることになり、例えば大人用の紙おむつは大量に来ても、赤ちゃんのいる「××さんの家」に必要な乳児用のおむつやミルクはなかなか配布されない状態になります。
 これは最大公約数の人の救援が前提になっているためで、救援物資は多くの人が求めるものが優先して送られてくることが理解できていれば、××さんは行政に頼らず、自分の子どものためにあらかじめ備えておかないといけないと言うことがわかると思います。
 アレルギー体質の方や体や心に障害のある方も、同じ理由で救援が遅れますから、災害時には自分や家族がどのように行動するのかを、平時にしっかりと考えておく必要があります。
 各個人や各家庭で作られた防災計画を集めることで地域の防災計画が出来、それをあつめると行政の防災計画ができる。現在行政が考えている自主防災組織は、その作業を行うために設置が推進されていると考えてください。
 言い換えれば、今まではトップダウンだった防災計画が、個人の備えがボトムアップされてできる防災計画に変わってきているということです。
 各個人や各家庭でそれぞれ個別の防災計画を作ることは正直なところ大変だと思いますが、そもそも災害に対する問題は各個人、各家庭で全部違いますから、それを洗い出してどのように備えるのかを考え、共有化していけば、それぞれが最適化された防災計画ができることになります。
 まずは自分や家庭の防災計画作り。これからの防災計画は、そこが出発点になると考えています。

シェイクアウト訓練をやってみよう

姿勢を低く、頭を護って、動かない、がシェイクアウトの基本。ダンゴムシのポーズはその上級編。

 「今、地震が来たら?」と想定したとき、すぐに身を守る行動ができる人がどれくらいいるでしょうか?
 先日、小学校の学童保育で小学校1年生から4年生を相手にストローハウスを作るという企画をやったとき、試しにその場にいた子ども達に「地震が来たら、君たちはどうする?」と聞いてみました。
 1年生はすぐに「ダンゴムシのポーズ!」と元気よく答えてくれましたが、2年生以上の子ども達は「机の下に隠れる?」という感じで顔を見合わせるばかり。
 では、というので、手を叩いたら地震に備えるポーズをしてもらうことにしました。
 結果はというと、1年生は全員ダンゴムシのポーズを上手に取ってくれましたが、2年生以上は、二人を除いてその場の座卓の下に一斉に潜ろうとして押し合いへし合い。

知っていても状況的にそれができないこともある。そのときどうやって応用を効かすのかが生死の分かれ目になることもある。

 結局頭が出ていたり体の半分が出ていたりと、ちょっと危険な状態になっていました。
 座卓の下に入らなかった二人のうち、一人はダンゴムシのポーズを、もう一人はお山座りして頭にそのへんにあった箱を載せており、なぜその行動を取るのかについて理解ができているようでした。
そこで「低い姿勢になること」「頭を護ること」「安全な場所でじっとしていること」について少しだけお話をしました。
 実はこの訓練、「シェイクアウト訓練」といい、世界各地で行われている地震に対する訓練です。
 日本の地震に対する避難訓練では、まず最初に「机の下に隠れろ」という教え方をするのですが、「なぜそうするのか?」ということは教えられていません。
 そのため、いざというときには頭を護るのでは無くまず机を探すことになり、しなくてもいい怪我をすることになってしまいます。
 「姿勢を低く」「頭を護り」「動かない」を身につけることがまずは大事で、これを身につけるのがシェイクアウト訓練ということになります。「ダンゴムシのポーズ」は、シェイクアウトの基本を守った上で体の重要な部分を守るという上級編だと思っています。
 日本では、「効果的な防災訓練と防災啓発提唱会議」がこのシェイクアウト訓練を推進しており、ここ数年でずいぶんと聞くようになりました。
さまざまなサンプルややり方についてサイト内で説明されていますので、一読して、ぜひ一度やってみてください。
家でも、学校でも、職場でも、やることで経験値が貯まります。そして人は準備して経験したことしかとっさの行動に移すことはできません。
ぜひ機会を作って、シェイクアウト訓練をしてみてください。
それまでとは違ったものの見方ができるようになると思いますよ。

災害遺構を訪ねて8・大浜の海難者慰霊塔

海難者慰霊塔。手前にはお線香のおける台が用意されている。

 国道9号線を益田市内から浜田方面に進むと、大浜漁港入り口の数百メートル手前に「海難者慰霊塔」があります。この場所は碑を集めているのか、他に交通安全らしきお地蔵様と井戸平左衛門を顕彰する碑が同じ場所に建立されています。

見にくいが井戸正朋君公徳碑と書かれている碑。
奥に見えるのが海難者慰霊塔。

 さて、この手の塔には大抵の場合、その由来や謂われが書かれているものですが、この「海難者慰霊塔」にはそういう記載は一切なしで、これが何のために建立されたのかがわかりません。
地元の市史や町史も調べてみたのですが、やっぱり謂われは不明でした。
一つヒントになるものがあるとすれば、これに刻まれた「島根県知事福邑正樹書」という文字。

陰になっていて読みづらいが、「島根県知事 福村正樹書」と書かれている。

 この福邑正樹知事の在任期間は1932年から1936年なので、その間に何か起きたのかなという推測はできます。
 大浜漁港を真下に望むことと、この海難者慰霊塔の基礎側面には何かを入れられるような箱状の引き手のついた石が収められていたことから、この期間に何か漁船の大規模な事故があったのだろうかと調べてみましたが、この期間にこの付近での大きな事故や事件は特に見当たりませんでした。

見にくいが右下台座部分が引き出せる構造になっている。
海難事故の無縁仏の供養塔だろうか?

 では、全国的にはどうだったのかをwikipediaで見てみると、大規模な海難事故は1935年の船緑丸沈没くらいでした。福邑知事は大分県国東の出身らしいのと、慰霊塔の正面が南西、つまり大分の方を向いているので、これかなという気もするのですが、ここに碑を建てる意味がよくわかりません。
 日本海で起きた事故としては、福邑知事着任の少し前、1927年に美保関事件が起きています。
 島根県美保関沖で演習を行っていた日本海軍の艦艇が衝突して沈没や損傷し、多くの将兵が亡くなったもので、福邑知事の在任期間に起きた大きな事件・事故としてはこの二つが挙げられると思います。
 また、遡れば日露戦争で撃沈されたロシア艦艇の乗組員が漂着した場所でもありますので、それもあるのかもしれません。
 「海難者慰霊塔」が具体的にどの海難事件・事故を差して建立されたのかはわかりませんが、日本海で起きた全ての海難者の慰霊のための塔と考えれば、何の記載もされていなくても不思議ではありませんが、福邑知事とはあまり縁のなさそうなこの大浜の地にこの慰霊塔があるのはなぜなのか、ちょっと気になります。

災害遺構というものとはちょっと異なるかもしれませんが、海難事故も大きくくくれば災害の一つと言うことでご容赦いただければと思います。

防災から見た「衣・食・住」

 衣食住は人の生活の根幹を支えているものだといってもいいと思います。
 一般的には「着る物」「食べるもの」「住む場所」を揃えることが大切とされているようですが、これを防災という視点で見てみたら、思ったよりも面白いなと思えるようになりました。

 まずは「衣」。
 これは文字通り「着る物」のことなのですが、防災の視点で見ると「適切な体温調節」という風に考えることもできます。冬場にTシャツと短パンで屋外へ放り出されたら寒くて仕方ないでしょうし、逆に夏場にコートやセーターしか着替えが無ければこれまたつらいと思います。
 季節に応じて防災セットに備える服も衣替えをしていく必要があるなと考えました。 薄手の長袖シャツやズボンを重ね着すれば季節に関係なく対応ができるかなとも考えたりしましたが、いずれにしても適切な衣類がないと体温調節が難しくなることから、これは大切な視点だと思います。


 次は「食」。
 「食」=「食べ物」と言われるものですが、防災の視点では、これは「食べ物・飲み物・排泄」を含めた一連の流れを考える必要があります。
 「排泄」が追加されているのは、出さなければ食べられなくなるためで、例えばトイレなどがうまく流せずに汚物まみれになった避難所では、不衛生なのと同時に食事や水分摂取を制限することによるさまざまな体調不良が発生していました。
 防災においての食はまず「排泄」を考え、次に「飲み物」、そして「食べ物」をどうするか考えていきます。
 この順番は人が生きるために我慢できなくなる順番に並べたもので、排泄は「出物腫れ物所嫌わず」と言われるくらい我慢できないものですし、水分補給が途絶えると、3日以上の生命維持はかなり困難なものになります。食事は1~2週間は摂らなくても体に蓄えられたものを分解して生命維持を行えるため、この順番で準備しておくのが得策です。
 今までは3日~1週間分を用意しておくような話が出ていましたが、都会地が大規模に被災したときには状況が落ち着くまでに2~3週間はかかりそうだという話も出始めていますので、災害時に自宅避難を行う方は、自宅のトイレの構造を考えた上で、準備しておくようにします。同様に水や食料も再検討しておきましょう。

 最後は「住」。
 これは住むための家をさすのですが、防災的に見ると「安心できる場所」という風に考えられます。
 避難所で生活していても、そこで安心した生活が営めないのであれば、これは住環境が満たされていないと判断できるのではないでしょうか。
 自分や家族が安心できる環境はどのようなものか、それはどのようにしたら確保できるのかについて考えておくことが必要です。
 災害で被災したからといって、指定避難所で生活しないといけないというわけではありませんので、自分や家族が安心できる場所を見つけるようにしましょう。

 防災での「衣食住」は、被災後に落ち着いて生活するための基準と考えてもいいかなと感じます。

 また「衣食足りて礼節を知る」という言葉もあります。これは衣服、食事が満たされて初めて礼儀を知ることができるのだといった意味合いですが、これは避難後にも言えることです。
 衣食住と同じ定義で考えれば、衣類は体温調節がうまくできるものとなりますが、この場合には下着類も含めた適切な着替えと考えます。
 災害により身一つで逃げ出した人は着たきりになりますので、それだけでもげんなりしてきます。着替えが一セットあるだけで、服や下着を洗濯することが出来、さっぱりとした気持ちで前向きになれるのではないかと思います。
 また、この場合の「食」は命を繋ぐだけでなく、生きる気力を生み出すためのものでないといけません。
 具体的には、暖かく、自分が食べ慣れた食事をいかに確保していくのかということを考えていくということです。
 過去の事例でいけば、阪神淡路大震災では、送られてきた支援物資の衣服を取り合ったという話もありましたし、東日本大震災や熊本地震で避難所で配られる弁当は食中毒を配慮して冷たいか、ひどいときには凍っているような、味の濃い、油ものの多い弁当になり、その結果、その弁当が食べられない人が体調を崩してしまうようなことも頻発してした。

 発災後には「生活再建」と言うことが声高に言われますが、まずはそれぞれの体と気持ちを身近なところから通常生活に戻していかないと、生活再建という視点にまでたどり着くことが難しいと思います。

 被災した人が生活を取り戻すためにはどういった道筋をつけていけばいいのか、特に高齢者や日常生活で支援を必要とする人たちがどうやったら前向きになることができるのかを、こういった視点で整理していくことができないのかなと考えます。