災害遺構を訪ねて1・「58災害防災祈念碑」

 先日、震災伝承碑の地図上の記号が新設されたという記事を書いたわけですが、そこでちょっと考えたのは、果たしてこの石西地方にどれくらいの震災伝承碑があるのだろうかということです。

 そこで、どれくらいの数、どれくらいの災害があるのかはわかりませんが「災害を示す遺構」を探してみようと考えました。
 今回は、益田市本町にある市立益田小学校敷地内にある防災祈念碑です。

 この祈念碑は昭和58年7月20日から23日にかけて起きた島根県西部水害のうち、益田川の氾濫により発生した水害のものです。
 碑が置かれている益田小学校も水没し、その時の最高水位が石碑の横の物差しのような石に刻まれています。

 この碑は益田青年会議所が義援金により建立したという記事が書かれています。
 碑の手前には、旧益田市の地図と市内の被害状況が刻まれた石が置かれています。

被災したせいなのか、台座がかなり痛んでいる二宮尊徳像。説明文の石はその台座に後から貼り付けられた様子。

 この碑の横、益田川に向かって二宮尊徳像があるのですが、これも被災したらしく、台座にはそれを刻んだ石が置かれています。
 ちなみに、碑の右側には徳川夢声さんの碑もあったりしますが、今回は割愛します。
 この水害をきっかけにして、普段湛水しない水害対策に特化した益田川ダムが建造されました。
 場所は益田公民館の向かい、益田小学校の体育館の横です。通りに沿って置かれているので、また近くに行かれたときには思い出してください。

昭和58年島根県西部水害が分からない方のためにリンクを用意してきます。
興味がある方はこちらもご覧ください。

wikipedia「昭和58年7月豪雨」

昭和58年災害 – 島根県砂防課

「1983年7月梅雨前線による島根豪雨 災害現地調査報告 」、防災科学技術研究所)