想定外に備える

 災害は想定外の連続だと言われることがあります。
 確かに、様々な対処を準備していても、予想できないことはたくさん起きますし、事前に準備していても結果としてピントがずれているものになっていることもあります。
 ただ、災害大国である日本はさまざまな災害の経験知がありますから、それらを上手に活用することで想定外を減らすことはできます。
 現在さまざまなところで作られているBCPは、本来予測されるさまざまな事態で普遍的な部分を手順化することで、予測できる部分に備えるという性格のものです。
 ただ、このBCPはどうにも両極端になっているようで、誰でも出来る手順書を作成しているところから、「責任者に確認すること」のオンパレードになっているものまで本当にさまざまです。
 災害では想定外は必ず起きますが、想定されていた事態に対処できていないと、そこからまた想定外が生まれて収集がつかなくなります。
 想定されるような事態は、解決策も事前に用意できますから、手順書を作って誰がその対処をしても大丈夫なようにしておくことで、本当に最初から想定外な事態に対処すべき人が専念できます。
 発生するさまざまな事態をまだ被害の小さなうちに対処していくことが、素早い復旧には必要です。
 作業手順を細かく仕分ければ、殆どの対処は誰にでもできるようになります。
 BCPは、その作業手順書の集合体なのです。
 全ての業務を可視化することで、作業工程や手順がわかり、やるべきことに悩む必要がなくなります。
BCPを作るときには、必ず「何をしなくてはいけないのか」と「どのようにするのか」をしっかりと把握し、できる限り細かく手順を決めておくことをお勧めします。

常時と非常時の判断

台風や大雨など、ある程度早めから被害が想定される場合には、どのように対処するか悩ましいときがあります。
公共交通機関では基本的にBCPが準備されていて、その計画に従って計画運休することも増えてきました。
ただ、結果として何も起きなかった場合には、公共交通機関は計画運休したことを責められます。
困ったことに、何も無かったという事実は存在していますから、運休で困った人達だけでは無く、専門家という人達もマスメディアも喜んでバッシングをするわけです。
災害が起きたかもしれないという予測は、そういったときには完全に無視されます。
ただ、公共交通機関の場合、もし災害に伴って事故が起きるとその被害はけっして許容できるレベルではありません。
どのタイミングで常時と非常時のスイッチを切り替えるのかは、本当に判断に迷うと思います。
実はこの判断を迷わせずに実行するためにBCPが存在しているのですが、あまりバッシングすると、今度は現場の判断でBCPに従わないという選択肢が登場してしまうことになります。
そうすると、非常時に備えた計画そのものが破綻してしまいます。
公共交通機関は常に安全確実に利用者を目的地に連れて行くのが仕事です。
その目的を考えれば、災害時により安全な対応を判断することはおかしいことではないと思います。
計画運休は、数日前から予告されるものですから、それに従ったそれぞれの対応を取ることが正しい姿なのではないでしょうか。
日常生活を非常時にシフトすることは難しいものです。
特に通勤通学している人達にとっては、その所属する組織が「非常時とは」という定義をきちんと示しておく必要があります。
以前、大阪北部地震では、鉄道が止まったにもかかわらず会社や学校が通常どおり活動しようとして、あちこちで問題が発生しました。
判断に迷うときに日常を継続するのか、それとも非常時にシフトするのか。この判断、公共交通機関だけではなく、それぞれの組織や個々人もできるように準備しておきたいですね。
あっても、やっぱり判断には迷うのでしょうが。

安全の優先順位

 「安全は全てに優先する」というのが建設現場などで掲示されていることを見たことはありませんか。「セーフティーファースト」の日本語訳だそうですが、「安全第一」という方がわかりやすいかもしれません。
 ただ、この安全に順位があるとしたら、あなたはどう考えますか。
 災害対策では、この安全の定義がよく変わります。
 発災直後では、安全とは「身体の安全」に他なりません。何を置いてもまずは逃げて自分の命を守ることが最優先される安全です。
 発災後は、自分がこの先どうなっていくのかという不安を解消することが優先される安全になってきます。
 そして、発災後しばらくすると、今度は収入や仕事、衣食住といった生活の安全が優先されています。
 それぞれ全て安全には必要なものなのですが、時期と状況によって優先されるべき安全の順位が異なってくるということで、防災支援活動では時間の経過によって変わるこれらの優先順位にどう答えていくのかが大切になります。
 被災後にすべてが元通りになることはありません。ですが、被災者の居心地のよい安全を確保するためにさまざまな支援を行っていく必要があるのです。
 コロナ禍で起きた災害では、災害復旧を支援する人達はかなり限られた状態になりました。その結果、復旧が遅々として進まない状況の場所もあるようです。
 そんな中でも、被災者の安全を確保するために、現地の支援者達は様々な知恵や工夫を凝らして活動をしています。
 あなたに考えておいて欲しいのは、もしも自分が被災者になったとき、さまざまな安全をどうやって確保するのかということです。自分が対応策を準備しておけば、安全が安心に変わって激しく不安にならなくても済むからです。
 そのために作るのがBCP(事業継続化計画。ご家庭の場合だとFCP(家族継続計画)ともいいます)で、実はこれが一番の災害対策といえるかもしれません。
 安全の優先順位は変わっていきます。それに合わせた自分が生きるための継続化計画を、きちんと作っておきたいですね。

災害対策は「早く手を打つこと」が基本です。

 災害対策は、何事も「早く手を打つこと」が基本です。災害が発生してから起こるさまざまな問題は、時間が経っていくとどんどん増えていきます。
 ですが、問題が発生した時点、もっと言えば問題が発生する前に対処しておけば、問題を一つ消すことができてそれに投入しなくてはならない力を他のことに振り分けることができます。
 例えば、大地震が起きたと想定します。そこで発生するのは倒壊した家屋、多くのけが人、火災で、これらに対応するのは全て消防となります。地域の消防力はそんなに多くありませんから、これに全部対応しようとすると手が回らずに全てを中途半端にするか、または心を鬼にして最優先事項以外の全てを切り捨てるかということになるでしょう。現に阪神淡路大震災では、消防力の不足からそのような事態になりました。
 でも、全ての家屋が耐震補強され倒壊しなければ、また、家具の固定やガラスの飛散防止などの対策がしてあれば、緊急に救助を要する人の数は格段に減らすことができますし、各家庭に消火器が備えてあってそれをきちんと使うことができていれば、発生する火災の件数もぐっと減らせるはずです。そうなれば、消防はそれでも必要とされる怪我や火災にのみ対応すればよくなりますから、誰も何もしていない状態よりもずっと手早く確実に仕事をこなせます。
 病院などで問題になるのは電気と水ですが、例えば水は井戸からくみ上げて浄水できるようにしておき、電気は自家発電機だけでなく、太陽光発電システムや蓄電池などを併用することで、電気や水がないことにより起きうる病院の受け入れ中止を防ぐことができます。電気や水の復旧は年々遅れる傾向にありますから、場合によっては普段から敷地内で発電したものを使うようにしてもいいのかもしれません。
 また、普通の人たちも家庭や職場、学校に非常用持ち出し袋が置いてあれば、それをもって避難すればいいので、当座の水や食料、衣類やトイレなどの心配はしなくてもすみますし、さまざまなものを持っている人と持っていない人の間で発生するであろういざこざも防ぐことが可能です。
 こんな風に、起きる前に手を打っておくことで、そこから発生するであろうさまざまなリスクを消滅あるいは軽減することが可能になり、発生するさまざまな問題を少なくすることが可能になります。
 ここまでお話ししてきたのは事前準備になりますが、発災後に問題が起きたときも、放置せずすぐに対応できればそれ以上問題が大きくなりません。
 例えば、避難所のトイレが閉鎖前に使われてしまって汚物で汚染されていたとして、その場で掃除して消毒した上で閉鎖すれば、その後トイレが汚染源になって発生するさまざまな問題を防ぐことができます。照明についても、生活リズムが異なる人たちが一緒に生活すると明るい暗いというトラブルが必ず起きます。そのとき、それを放置せずに同じような就寝リズムの人たちで部屋や場所をまとめて照明を調整するようにすれば、そこから発生する睡眠不足やさまざまな病気、トラブルを避けることができるでしょう。
 災害に限らないことですが、問題を先送りすると大概の場合にはさらに問題が大きく深刻化するものです。物理的に解決できないことは仕方がありませんが、工夫ややり方で解決できることはその場で解決してしまうこと。そうすれば、その先に広がるさまざまな問題の発生を防ぐことができます。それに対処するため、予測できることをあらかじめ準備しておくのが「BCP」といわれる「事業継続化計画」で、これがあるのとないのでは災害が発生した後の対応が驚くほど違います。
 作るのは事業に限りません。家庭でも、学校でも、あなた自身でも、自分が被災してから復旧するまでの計画を一度きちんと作ってみてください。そうすることで、本当に災害が起きたとき、驚くほど早く日常を取り戻すことができると思いますよ。