情報提供とリスク

 自治会や自主防災組織による地区防災計画の策定でネックになるのが、個人の情報をどうやって提供してもらうのかということです。
 隣近所がわからないこのご時世、そこに誰が住んでいるのかは情報の提供を受けない限り、さっぱりわからないものです。
 もちろん自治会に入っていれば家族構成はある程度わかりますが、そこに住んでいる人がどのような状態で災害時にどのような支援がいるのかは、恐らく誰にもわかりません。
 普段の生活でも支援のいる要支援者については、福祉と防災と地域が連携して要支援者の支援計画を策定することになっていますが、普段の生活はできているが、災害時の避難などに支援のいる人についてはどこも拾うことができません。
 ただ、家族の状態を知られるのがあまり嬉しくない人もいらっしゃるので、放っておいてくれと情報提供を拒否されることもあると思います。
 また、個人情報を気にする人にとっては、情報は行政が持つべきで近所の人が知るべきではないと考えている人もいますので、文字通りの地区防災計画を策定しようとしても一筋縄ではいかないのが現状です。
 ただ、地区防災計画というのはその地区全てが該当者になるわけではなく、地区防災計画の策定に関わった人に対する計画だということに留意して下さい。
 つまり、賛同者だけで計画を策定しても法律上は何の問題もないということになります。
 逆に考えれば、地区防災計画は一人で作っても「自分の地区防災計画」として認められますので、他の人が策定した地区防災計画に従わなくてもいいということで、情報提供はしなくてもいいということになります。
 ただ、その場合には何か起きても全ての責任は自分に降りかかってくるということを肝に銘じておかなければなりません。
 家屋が倒壊してもまず助けてはもらえませんし、状況によっては安否確認すらしてもらえないでしょうが、その覚悟を持ったうえでご自身の情報を提供しないという選択肢を選んで欲しいと思います。
 どこも人手が足りない今、正確な情報を提供して非常時には助けて欲しいとお願いしている人と、自分の情報は出さないが非常時は助けて欲しいという人では、助ける優先度が変わります。
 そういったリスクがあることを考えた上で情報提供について考えて欲しいと思います。

おうちの中の避難経路図を作っておく

 3月16日の夜に宮城県や福島県を襲った震度6強の地震ですが、被害に遭われた方にはこころからお見舞い申し上げます。
 今回のように大きな地震では、揺れが収まったらいったん建物の外に出ることが安全確保に必要だとされています。
そのため、人の集まる施設や宿では避難経路図が作られていて、その経路図に示された経路は安全に避難ができるように他の場所よりも注意を払って管理がされています。
 では、あなたのおうちでは、地震後の屋外避難をするとき、どの経路を使って外に出れば安全を確保できるかを理解していますか。
 小さかろうが狭かろうが、避難経路がきちんと確保されているかどうかの確認は家族みんなでやっておくことをお勧めします。
 ものが多いおうちでは、どこもかしこもすっきりと片付けることは難しいと思います。でも、避難経路に指定した場所だけを意識して片付けるのであれば、そこまで難しくは無いと思います。
 また、避難経路を考えることで思わぬおうちの問題に出会うこともありますから、こういった点検は定期的にやって、避難経路にものが置かれていないかなどをしっかりと確認しておいてください。
 余談になりますが、耐震補強や耐震建築物と呼ばれている建物は、震度6強から震度7に耐える構造になっていますが、それは1回被害にあっただけの場合です。
 2回目以降は倒壊しないという保障がありませんので、耐震補強や耐震建築物であっても、いったんは建物の外に逃げて様子をみたほうが良さそうですよ。

災害報道のワナ

 大規模な災害が起きると、マスコミ各社はこぞって被災地へ押しかけ、ありとあらゆる情報を得ようとします。
 報道の自由という言葉があるとおり、活動自体は自由なのですが、ちょっとだけ考えて欲しいことがあります。
 それは、視聴者は提供される情報を選べないということ。
 マスコミの特性として、よりセンセーショナルな報道をしようとする傾向があります。被害の大きい現場とそうでない現場があったとしたら、被害の大きな現場を報道したがるのです。
 その結果、被害の大きな報道されたところばかりに支援が集まり、他の場所は置き去りにされてしまうという事態が発生します。
 例えば、2018年の西日本豪雨では報道の繰り返された岡山県倉敷市真備町と広島県呉市天応地区には大量のボランティアが集まりましたが、それ以外の被災地域ではボランティア不足という深刻な問題が発生しました。
 報道の仕方だけではないと思いますが、マスコミの人には気をつけてもらいたいなと思う部分です。
 センセーショナルな絵は視聴率という数字を稼ぐ元になります。
 ですが、災害報道に関しては視聴率を追うのを止めて、現地の状況を公平に、冷静に息長く伝えていって欲しいなと思います。

【お知らせ】地域防災力強化の講演を見ることができます

 一般財団法人日本防火・防災協会様の主催で、地域防災力の充実強化のための講演について、オンラインで見ることができますのでご紹介します。
 日本防火・防災協会は毎年防災に関する講演会をやっているのですが、新型コロナウイルス感染症が流行していることから、今年度はオンラインでの開催になったようです。
 講演の内容は自主防災組織や女性と災害史などさまざまですので、リンク先からあなたが聞いてみたい講演を選んで聞くのもよいのでは内かと思います。
 詳細はリンク先をご覧下さい。

地域防災力の充実強化のための講演(日本防火・防災協会のウェブサイトへ移動します)

災害とパニック

 火災や緊急事態を題材にした映画やドラマでは、ほぼ100%パニックが起きる描写がされていますが、実際のところはどうなのでしょうか。
 試しに、大きな地震の場面、または大規模な火災に遭遇した人達を撮影した映像を探して見てみて下さい。
 そこに映っているのは、パニックになって我先に逃げ出す人では無く、お互いに顔を見合わせたり状況を確認するために周囲を見回したりする人が殆どだと思います。言い方を変えると、ほぼ100%パニックは起きていないことがわかります。
 個別には、出入り口に人が殺到したりすることはありますが、概ね落ち着いた雰囲気で避難を行っているものが殆どで、どちらかというと、その場で地震の感想やお互いの   安否確認が始まったりして、すぐに安全確保をしないことが問題になりそうです。
 もちろん地震が起きると怖くて泣いてしまう人はいると思います。
 ただ、それも全体から見るとごく少数。多くは冷静に状況を見ているか、もしくは茫然自失、あるいはちょっとした興奮状態になっています。
 施設管理者や避難誘導担当は、パニックになるかもと情報を規制してしまうことが多いみたいですが、実際には正しい情報を伝えても案外と冷静な判断をしてくれるものです。
 逆に正しい情報が与えられない方が混乱を生み出すことになると思います。
 怖いのはパニックでは無くて情報不足による判断の停止ですので、パニックを本当に防ごうと考えているのであれば、積極的に正しい情報を提供することをお勧めします。
 ちなみに、正しい情報というのは「現在は状況がわからない」というのも含みます。
 今、施設管理者や避難誘導担当者が把握している情報はさまざまだと思いますが、憶測では無く現在把握できている範囲の情報をきちんと整理できるような、そういった訓練をしておくといいと思います

【終了しました】【お知らせ】島根県庁で防災に関する展示が行われます

島根県庁では令和4年3月9日から3月18日まで、県庁1階ロビーで東日本大震災の記録映像や防災に関する展示を行うそうです。
東日本大震災の映像の他にも、ガラス飛散防止フィルムや家具転倒防止装置などの地震対策用品や非常用持ち出し袋、避難所で使う段ボールベッドなどの展示があります。
また、今回は島根大学教育学部附属義務教育学校の生徒さん達が作った防災新聞や防災パンフレットも展示されるそうです。
お近くにお出かけの際は、少し足を伸ばして見学してみてはいかがでしょうか。

島根県報道発表資料「防災意識の普及・啓発を図るため、防災に関する展示を行います」(島根県のウェブサイトへ移動します)

災害時に胸を張って助けてもらうには

 災害が起きたとき、さまざまな理由から自分一人では自分の命を守ることができない人がいます。
 そういった人達を災害死から守るため、災害時要支援者個別対応計画を策定する努力義務が災害対策基本法に明記されました。
 法律に書かれていなかったとしても、可能な限り人の命は守られないといけませんが、災害時に助けてもらうのは抵抗があるという人もいると思います。
 でも、災害時に自分一人で何とかしようとして結局命が失われると、さまざまな場所にそれが影響してきます。
 助ける側はただ助かって欲しいと思って手をさしのべるので、助けてもらう人が卑屈になる必要はまったくないのですが、かといってふんぞり返ってもよくありません。
 安心して助けてもらう、安心して助けることができる、そういった関係を作らないといけないのです。
 では、どうすれば災害時に自分が胸を張って助けてもらうことができるのか。
 まずは助けてもらう人は自分の命を何が何でも守るという意識を持つことです。
 助けてくれる人はなんとかして助けようとしますが,助けてもらう側が助けることに抵抗すると、それだけで貴重な時間が失われてしまいます。
 「死ぬ」という行為はその人の権利だとは思うのですが、原因が災害なのは駄目です。災害では死んではいけません。何が何でも助かって生き抜いて下さい。
 次に、助けてもらう人が自分にできることを自分でやることです。自分にできない部分を助けてもらうのです。
 例えば、歩けない人でも家の中で移動して玄関口までは出られるかもしれません。それなら、助ける人に玄関まで迎えに来てもらえばいいので、お互いに時間を無駄にしなくて済みます。
 助ける人は何を助けて欲しいのかがわかりません。だから、助けてもらう側が助けて欲しいことをきちんと伝えないと、一から十まで助ける人がすることになります。
 もしも自分で何もできないことがわかっていれば、助ける人を増やすとか、来てもらう優先度を上げてもらうとか、やりようはいろいろとありますので、できることとできないこと、やってほしいことをきちんと助けてくれる人に伝えておきましょう。
 助ける人に段取りがあることはみんなわかっていると思いますが、助けられる側こそ事前の段取りをしっかりとしておく必要があるのです。

避難口の表示の有無

避難口や避難経路を示す誘導灯。
いざというときにあなたが屋外に逃げ出すのを手助けしてくれる大切なものですが、この誘導灯、ある場所とない場所があることをご存じですか。
例えば、大きなホテルには必ずついていますが普通のおうちで見ることはあまりないと思います。
この誘導灯は火災などの非常事態が発生したとき、その場にいる人を安全に屋外へ誘導するための装置です。
誘導灯は避難口誘導灯、通路誘導灯、階段通路誘導灯、そして映画館などでよく見る客席誘導灯があり、それぞれに設置基準が作られています。
今回は避難口誘導灯と通路誘導灯に絞って考えてみたいと思います。

廊下から避難口誘導灯が見えないので通路誘導灯がついている。

1.避難口誘導灯

 避難口誘導灯はその場所から外部に通じる扉や開口部に設置されているもので、避難すべき出口を表していて、基本的には緑地に白色の開口部が描かれています。
 不特定多数の人が利用する場所では100㎡以上、また、特定の人が使う場合でも400㎡を超える部屋の場合には設置する必要があります。
 どこからでも目立つように高い位置についていて、誘導音が出るタイプのものもあります。

2.通路誘導灯

通路誘導灯はいまいる場所から避難口がどこにあるのかを指し示すための誘導灯で不特定多数の人が利用する施設の場合には、この表示が見えないところを作ってはいけないことになっています。
また、停電時にも消えることがないように、照明を維持するためのバッテリーがセットされていて、最低20分は点灯するようになっています。
白地に緑で避難方向を示す矢印と避難口のマークが書かれています。場所によっては文字で「避難口」や「非常口」と書かれているものもあります。
煙に紛れてもしっかり見えるように床や壁の低い位置につけられていることが多いです。

避難口誘導灯と通路誘導灯の関係図

この基準を満たしていない場合には、避難口誘導灯や通路誘導灯をつけなくてもいいということになります。
そこに普段から住んでいれば、どこに出入口があるのかはわかっているでしょうし、出入口が目視できる場所であるなら、わざわざ誘導灯がなくてもたどり着けるだろうということです。
普段あまり意識していないと思いますが、知っておくと何かの役に立つかもしれませんので、出かけた場所で確認してみてください。

地震、雷、火事、親爺

「地震、雷、火事、親爺」という言葉があります。
起こると怖いものの代表だそうですが、最後の親爺については、親爺では無く「大山嵐(おおやまじ)」だったのではないかとする説があるそうです。
親爺でも大山嵐でもどっちでも構わないとは思うのですが、筆者自身は「起こると怖いもの」の「起こる」が「怒る」に引っかけたしゃれなのでは無いかと思っています。
幕末の浮世絵では大山嵐ではなく親父が描かれていますので、その頃にはすでに親父だったようですが、語呂が良くて覚えやすいので、よく口にされたのではないかと思っています。
最近では親父の権威がほとんど無くなってしまったので、「怖いもの」には含まれなくなっているようですが、代わりに何を入れるのかでいろいろと面白い言葉を使うこともあるようです。
「地震、雷、火事」の後に続く怖いもの。あなたならはどんな言葉を入れますか。

地震、雷、火事、親爺」の語源が知りたい」(レファレンス共同データベースへ移動します)

浮世絵「地震、雷、火事、親爺」(消防防災博物館「其の四:地震、雷、火事、親父の話」へ移動します)

マニュアルとパクリ

 学校や施設には必ず災害対応マニュアルが備え付けられているはずですが、そこにお勤めの方でそれを読んだことがある人はどれくらいいるでしょうか。
 マニュアルというのは、作業手引きのことですから、読んで中身が理解できるようになっていないと役に立ちません。
 ところが、作られたマニュアルを見ると、本当にこれで大丈夫なのかと思うものもたくさんあります。
 とあるところでは、なぜ災害対応マニュアルが必要なのかということや、作成した意義などが延々と書かれているのに、実働の部分では『管理者が判断する』としか書かれていないものがありました。
 確かに最終判断や起きたことの責任は管理者が行うべき性格のものですが、得てして管理者不在のときに災害対応マニュアルを見たいといけないような大きな出来事が起きたりします。
 災害対応マニュアルは「誰が」「どのタイミングで」「何を」判断し、「どこまで」「どのように行動するのか」について、誰が責任者になったとしても判断が可能なものを作っておかないと意味がないことになります。
 また、非常に良くできているマニュアルもあったのですが、その施設には無いはずの高層階からの避難手順が記載されていて、どこからか内容を拝借してきたのだなとわかることもありました。
 パクることは著作権法で定める範囲を守る限りはまったく問題ありません。
 よいものはりどんどんまねるべきですし、そうすることでより現実的なマニュアルが整備できます。
 ただ、パクった中身はしっかりと確認しておかないと自分のところとは合わない場所が必ず出てきますし、いざ本番でトラブルになるのも、そういったところだったりします。
 マニュアルは現実の行動に即して作成し、パクったら中身を必ず自分のところにあわせてカスタマイズすること。
 そして、出来上がったら実際にそのとおり行動してみることで、マニュアルにあるもの、ないもの、追加記入がいるもの、削除すべきものが次々に出てきます。
 防災訓練を経て、災害対応マニュアルをより実戦に即した形にしていくことが大切なのです。
 どこから拝借してきてもいいのですが、それをそのまま使ってお茶を濁すのでは無く、自分のところにあった内容に書き換えていく手間は惜しまないようにしてほしいと思います。